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DATE: CATEGORY:真相の深層


【全文】トランプ大統領就任演説「今日、この日から、アメリカ第一のみ」


吉野太一郎


The Huffington Post


 


45代のアメリカ合衆国大統領に就任したドナルド・トランプ氏は120日(現地時間)、ワシントンで就任式に臨み、就任演説をした。全文は以下の通り。


 


ジョン・ロバーツ連邦最高裁判所長官、カーター大統領、クリントン大統領、ブッシュ大統領、オバマ大統領、アメリカ国民の皆さん、そして、世界中の皆さん、ありがとうございます。


私たちアメリカ国民は今、素晴らしい国家的な努力に参加し、国を再建して、すべての人のために約束を果たします。私たちは共に、アメリカの、そして、世界の歩む道を決めるのです。これから歩む長い道です。私たちは課題に直面するでしょう。さまざなま困難にも直面するでしょう。しかし、その仕事をやり遂げます。


 


4年ごとに、私たちはこうした道のりのために集まり、秩序だって速やかに政権を移行します。この政権移行を快く支えてくれたオバマ大統領とミシェル・オバマ大統領夫人に感謝します。素晴らしい人たちです。ありがとうございます。


本日の式典には、とても特別な意味があります。なぜなら、ひとつの政権から別の政権へ、または、ひとつの政党から別の政党へ、単なる政権交代をしているわけではなく、ワシントンD.C.から国民である皆さんへ、政権を取り戻しているからです。


 


あまりにも長い間、ワシントンにいる一部の人たちだけが、政府から利益や恩恵を受けてきました。その代償を払ったのは国民です。ワシントンは繁栄しましたが、国民はその富を共有できませんでした。政治家は潤いましたが、職は失われ、工場は閉鎖されました。権力層は自分たちを守りましたが、アメリカ市民を守りませんでした。彼らの勝利は、皆さんの勝利ではありませんでした。彼らは首都ワシントンで祝福しましたが、アメリカ全土で苦しんでいる家族への祝福は、ほとんどありませんでした。


 


すべての変革は、この場所から始まります。今、ここで始まっているのです。なぜなら、この瞬間は皆さんの瞬間だからです。皆さんのものです。今日、ここに集まっている皆さん、アメリカ中でこれを見ている皆さんのものです。今日という日は、皆さんの1日なのです。これは皆さんの式典です。そして、このアメリカ合衆国は、皆さんの国なのです。


本当に大切なことは、どの党が政権を握るかということではなく、政府が国民により統治されることです。2017120日は、国民がこの国の治める日として、これからずっと記憶に刻まれるでしょう。この国の忘れ去られた人々は、もう忘れ去られることはありません。誰もが皆さんに耳を傾けています。何千万の人々が、歴史的な運動に参加しています。


 


今まで世界が見たことのない動きが起きています。この動向の中心にあるのは、とても強い信念です。それは、国は国民に奉仕するために存在しているということです。アメリカ国民は、子供たちのために素晴らしい学校を望んでいます。また、家族のために安全を、自分自身のために良い仕事を望んでいます。正しい人々、そして、正しい国民がそう望むのは正当で、当然のことです。


しかし、多くの市民には、異なる現実が存在しています。母親と子供は都市部で貧困に苦しみ、工場は錆びき、アメリカ中に墓石のごとく散らばっています。教育は高額で、若く輝かしい生徒たちは、知識を習得できていません。犯罪、ギャング、麻薬があまりにも多くの命を奪い、花開くことのない可能性をこの国から奪っています。


こうしたアメリカの殺戮は、今ここで終わります。今、ここでです。


私たちはひとつの国家であり、彼らの痛みは、私たちの痛みです。彼らの夢は、私たちの夢です。そして、彼らの成功は、私たちの成功です。私たちは、ひとつの心、ひとつの故郷、ひとつの輝きに満ちた運命を共有しています。今日、私がした就任の誓いは、すべてのアメリカ国民の忠誠の誓いです。


何十年もの間、私たちはアメリカの産業を犠牲にし、外国の産業を豊かにしてきました。他の国々の軍隊を援助してきました。一方で、アメリカの軍隊は、悲しくも枯渇しています。私たちは他の国の国境を守っていますが、自分たちの国境を守るのを拒んでいます。海外に数兆ドルを投資しましたが、アメリカのインフラは絶望に陥り、腐っています。他の国々を豊かにしましたが、自国の富、力、自信は、地平線のかなたへ消えて行きました。ひとつずつ、工場が閉鎖され、この国を去りました。数百万人のアメリカ人労働者が置き去りになることなど考えもしないで、そうしたのです。中間層の富が、その家庭から奪われ、世界中に再分配されました。


しかし、それは過去です。今、私たちは未来だけを見据えています。私たちは今日、ここに集まり、新しい決意を発し、すべての街、すべての外国の首都、すべての政権にそれを響かせます。今日、この日から始まります。新しいビジョンがアメリカを治めるでしょう。今日、この日から、アメリカ第一のみになります。アメリカ第一です。


貿易、税金、移民、外交についてのすべての決定は、アメリカの労働者と家族の利益のために下されます。他国の暴挙から国境を守らなければなりません。彼らは私たちの商品を生産し、私たちの会社を盗み、私たちの仕事を破壊しています。保護こそが偉大な繁栄と力に繋がるのです。


私は全力で皆さんのために戦います。決して失望させません。アメリカは再び勝利します。これまでにない勝利です。雇用を取り戻し、国境を回復し、富を取り戻し、そして、夢を取り戻します。このすばらしい国の隅々に新しい道路、橋、空港、トンネル、鉄道を建設します。生活保護を受けている人たちに仕事を与え、アメリカの労働者の手と力で国を再建します。


私たちは2つの単純なルールに従います。アメリカ製の商品を買い、アメリカ人を雇うことです。世界の国々と友好的な善意の関係を築きますが、すべての国には自国の利益を優先させる権利があることを理解した上で、そうします。私たちは自分たちの生き方をすべての人に押し付けることはしませんが、模範として輝やかせたいと思っています。私たちはすべての人が追随するような輝きを放つでしょう。私たちは古い同盟関係を強化し、新たなものを形づくります。イスラム過激派のテロに対し世界を結束させ、地球上から完全に根絶させます。


私たちの政治の基盤は、アメリカ合衆国への完全な忠誠心です。国への忠誠を通し、私たちはお互いへの忠誠を再発見するでしょう。愛国心に心を開けば、偏見など持たないはずです。聖書はこう教えています。神の民が一体となって暮らすのは、何と素晴らしく喜ばしいことでしょう、と。私たちは隠さずに思っていることを語り、相違について討論しますが、いつも団結を求めなければなりません。アメリカが団結すれば、誰もアメリカを止めることはできません。


恐れることはありません。私たちは守られています。そして、私たちはこの先も守られるでしょう。私たちは軍や法執行機関の素晴らしい人たちに守られるています。そして、最も大切なのは、神により守られていることです。


最後に、私たちは大きく考え、さらに大きな夢をみなければなりません。アメリカで、私たちは分かっていると思うのですが、国家は、努力してこそ存続するのです。口ばかりで行動が伴わない政治家をこれ以上受け入れることはできません。彼らは文句ばかり言って、何もしていません。意味のないお喋りは終わりを迎える時です。今、行動の時が来ています。それはできない、と言うのはやめましょう。どんな課題も、心を開き、戦い、アメリカの精神を持てば、乗り越えられます。失敗することはありません。私たちの国は再び繁栄し、栄えるでしょう。


私たちは、新しい時代の誕生に立ち会っています。宇宙の神秘を解き明かし、地球上から病気の苦しみを失くし、未来の産業とテクノロジーを利用する準備をしています。新しいアメリカの誇りは、私たちの魂を揺さぶり、視野を高め、分断を埋めるでしょう。今こそ、思い出す時です。兵士が永遠に心に刻む知恵です。黒い肌、褐色の肌、白い肌、誰であろうと、同じ愛国心の赤い血が流れています。私たちは同じ輝かしい自由を享受しています。みんな同じ偉大な星条旗に忠誠を誓っているのです。子供がデトロイトの都市部で生まれようと、ネブラスカの風の吹く平原で生まれようと、同じ夜空を見上げ、同じ夢を心に抱き、同じ全知全能の創造主によって生命の息吹が吹き込まれます。


ですから、アメリカ国民の皆さん、すべての街に住んでいる市民の皆さん、それが近くても、遠くても、小さくても、大きくても、山から山まで、海から海まで、この言葉を聞いてください。皆さんは再び無視されることは決してありません。皆さんの声、希望、夢が、アメリカの歩む道を決めるのです。そして、皆さんの勇気、善意、愛が、その道を永遠に照らすのです。


一致団結して、私たちはアメリカを再び強い国にします。アメリカを再び富める国にします。アメリカを再び誇り高い国にします。アメリカを再び安全な国にします。そうです。ともに力を合わせ、アメリカを再び偉大な国にします。ありがとうございます。皆さんに神の祝福がありますように。そして、アメリカに神の祝福がありますように。ありがとうございます。アメリカに神の祝福あれ。


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DATE: CATEGORY:真相の深層


性懲りもなく嘘をつく三浦瑠璃


http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/7b90e06e0173ae4d716296ce61556898


20180121日 のんきに介護


 


三浦ルリは、アベ・デンデン大本営の命令で売春婦となるべきだ。


もし、生還出来たら話を聞いてあげよう。


それと、台湾バナナの桜井よし子は、大和撫子の和服を着るべきではない。


>昭和天皇の戦争責任(1)http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-6425.html


>昭和天皇こそが正真正銘の売国奴


http://ameblo.jp/eva-omega/entry-11784214132.html


http://ameblo.jp/mocha1128/entry-10062529070.html


 


2007-12-28 02:38:27


Golden lily  昭和天皇こそが正真正銘の売国奴 ??


テーマ:ブログ


 


1945年、第二次世界大戦に敗北した日本に米軍が上陸して来る。


 


今後の日本をどうするか、米軍の指揮官ダグラス・マッカーサーとの交渉を担当したのが、当時の大蔵省事務次官池田勇人(後に首相)の部下、渡辺武であった。


 


渡辺の自伝である「渡辺武日記 対占領軍交渉秘録」(東洋経済新報社)によると、渡辺と米軍の最初の「大きな交渉テーマ」は、米国の銀行ディロン・リードに


対する日本と天皇一族の借金返済問題であった。


 


明治憲法第11条により、日本の陸海空軍全ての指揮権は天皇にあり、政治・軍事の全責任は天皇にあった。米軍が天皇の戦争責任を問題にせず、真っ先に銀行ディロンの代理人として借金の取り立てを行った事は、戦争の目的が金であった事、そして米軍が米国政府の代理人などでなく銀行ディロンという私的機関の「代理人」である事を良く示している。


 


しかも奇妙な事に、日本は戦争のための兵器購入資金を敵国の米国ディロンから「借り入れ」ていたのだ。さらに貸し付けた側の銀行ディロンの社長が、米国の戦争省長官ウィリアム・ドレーパーであった。米軍の陸海空軍全ての指揮権を持つ戦争省長官ドレーパー本人が、敵国・日本の陸海空軍全ての指揮権を持つ天皇に


戦争資金を貸し付けていた。


 


 


ディロンの親会社が、現在のブッシュ大統領一族の経営する軍事産業専門投資会社カーライルであり、そのブッシュの経営するハリマン銀行の取締役ロバート・ ラヴェットが、戦争省次官として自分の経営する兵器会社から米軍に武器を納入していた。米軍の兵器と日本軍の兵器購入資金は、同一のハリマン=カーライル=ディロンから出ていた。


 


日本軍と米軍が「殺し合えば殺し合う程」この銀行が儲かる「仕組み」になっていた。この銀行の私的利益のために日本と米国の軍人は「殺し合い」をした。


 


この金儲けシステムの米国側にドレーパーがおり、日本側に天皇が居た。


 


ドレーパーの銀行ディロンは、戦争で莫大な利益を得た。


天皇も日本軍の兵器購入資金の一部を私物化し、スイス銀行に莫大な財産を蓄積した。天皇が戦争責任を問われなかったのは当然である。


日本人と米国人に「殺し合い」を行わせ金儲けする、ディロン=ハリマン銀行の日本支店長が天皇であった。最初から天皇は「日本と日本人の命」を「敵国に売り渡して」いた。


 


なお天皇は、スイスに莫大な蓄財が出来た感謝の印に、「敵国の戦争指揮官」ドレーパーに勲一等瑞宝章を与え表彰している。


大本営は兵隊をわざと死なせるような作戦をやった


 


まともな戦争ではなかった――ほとんどが餓死か病死だった


 


武器も食糧も持たせず死ぬとわかった輸送船に乗せて送り出した


 


敗戦したとたんに、天皇も財界も官僚、政治家も平和主義者のような顔をした


 


そして日本はアメリカの属国になった


 


 


あれだけ鬼畜米英でやっていながら、その後の占領は、今から見てもスムーズすぎる。アメリカは日本を侵略・占領するための戦争をやっていたのだ。


 


日本の全土を焼き払って攻撃して、民間非戦斗員をぶち殺している。一般国民は自然の感情として、国を守らなければと思う。特攻兵士の心情などが端的だ。アメリカや天皇は、それが次にはアメリカの占領とそれに従っていく自分らに反対して向かっていくのが怖いわけだ。「本土決戦」を叫んでいるが、真実がばれたらその矛先が自分に向く関係だ。


 


だから、国民には竹槍を与えるが、鉄砲で武装させるということはなかった。「鬼畜米英」のインチキはそのへんにある。精神主義とかいっているが、その気じゃないのだ。マッカーサーが日本に上陸するのが8月15日から2週間後の30日だ。司令官がすぐ乗り込めるのだ。


丸ごと米単独占領 支配階級・日本を米国に売る


 


占領軍には1発も銃弾は飛ばなかった。


 


あれほどスムーズにやれたのは、天皇がやったことと、そのために本土空襲や飢餓作戦で地獄の状況を作り、国民をへとへとに疲れさせたことによる。それをアメリカが計画的に作り出したし、日本の支配階級も望んだ。国内は戦意喪失で、軍隊は独断で解散していく。集団でも離隊していく。占領軍への抵抗なども起こりようがない。かなりの男は外地に行ってしまっていない。武装解除をさせて、しかも権力の空白ができないように、そこは米軍が来て占領する。そのうえマッカーサーは民間の銃剣をすべてとりあげる徹底した「刀狩り」までやった。


 


マッカーサーが無条件降伏から二週間後に上陸できたのは、安心しきっていたのだ。ずっと以前から日本の対応がわかっていて、武装解除の進行具合を把握していた。占領された敗戦国でこれほど組織的な抵抗がなかったところは世界的にもまれだ。


 


ドイツの場合は行政機構は壊滅しており、官僚機構も軍隊も解体したが、日本は軍隊は解散させるが、官僚機構はすべてそのまま残した。日本は空襲でも官庁がやられていない。国会議事堂はそのままきれいに残った。大蔵省や日銀も戦前からの建物がそのままだ。


 


ドイツは戦争に協力したマスメディアなどはすべて廃刊になった。日本は違った。悪かったのは軍部だけで、天皇はじめ、官僚機構がそうだし、独占企業、マスコミ、全部が元元平和主義者のような顔をして生き残った。それが単独占領を保障したわけだ。みなアメリカに協力して民族的な利益を売り飛ばしていった。


 


アメリカは日本占領に50万人の兵力を用意していた。しかし20万人でよいといって削った経緯がある。戦前の体制がそっくりアメリカの配下になったからできたことだ。いかに日本の支配階級が売国的かがわかる。


アメリカはアジアを侵略した日本を懲らしめるため、そして国民が好戦的であるから原爆投下をして戦争を終わらせ、いく百万の人命を救ったと、みずからを平和主義者であるかのように宣伝してきた。


 


だが実際は、日本を侵略し、単独で占領して属国にする計画を、ずっと以前から持っており、それを実現するチャンスと見なして緻密な計画を持って望んだ戦争であった。日本支配にあたっては、天皇を傀儡(かいらい)とする政府をつくることも計画していたし、戦時中も天皇や皇族を攻撃してはならないという命令を米軍将兵に厳守させていた。それは天皇側にも知らされており、近衛文麿や吉田茂などはその線で動いていた。東京大空襲でも皇居は攻撃されていない。


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「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」

 

戦争責任者の問題

 

伊丹万作

http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html

  最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。

  そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。

  さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

  すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。

  このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。

  たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏ほきようにつとめていたのであろう。

  少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。

  いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。

  しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。

  そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。

  いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。

  もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。

  しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。

  ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。

  もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。

  だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。

  しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。

  だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。

  もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。

  また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。

  つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。

  そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

  このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。

  そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

  それは少なくとも個人の尊厳の冒涜ぼうとく、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

  我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

 「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

 「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。

  一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱せいじやくな自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

  こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。

  こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。

  しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。

  すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である。現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。

  しかし、それなら映画の場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないか。しかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりしているのである。

  いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。

  しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである。

  たとえば、自分の場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念を持ちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。

  もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。この馬鹿正直をわらう人はわらうがいい。

  このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。

  では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである。

  では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。

  私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。

  昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発起人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述はほとんど何一つなされていなかつた。

  そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したのである。

 「現在の自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」

  つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。

  しからば私のほうには全然言い分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏の手紙の示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているからである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである。

  なお、私としていま一つの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである。

  しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初のボタンをかけちがえたら最後のボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである。

  要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。

  それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する羽目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後にしたいという決意を、やつと持つことができたのである。

  最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差し出したことを付記しておく。

 「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしました。しかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。

  ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。

  そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものであります。したがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめることなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります。

  しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疎通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです。

  なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動に名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなのです。また、療養の目的からも遠いことなのです。

  では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)

 (『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)

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日本で抗がん剤を使う理由 


 


 


 


20160611() 221256 テーマ:■ アトピー性皮膚炎対策


 


日本で抗がん剤を使う理由


 


元のブログはこちらです。


→新・春子の今日のお話 ぜひ読んでみてください。


 


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日本の医療は最先端だと思っていましたが、10年は立ち遅れています。


 


これは日本を出ないと気付かなかった事です。向うの末期がんの患者さんは明るいです。日本の末期の癌患者さんと、アメリカの違いは明るいんです。


 


なぜなら、治ると思っているから。特に医療のシステムとガンの治療法が違いますね。


 


【癌は治らない病気だと教わるのが常識の医師】


 


日本では癌は治らない病気ということになっている。日本プラズマ療法研究会の研究員で、元国立がんセンターの初代総長を務めていた島村医師が自分の患者さん6000人について、術後10年後どうなっていたか調べたそうです。


 


すると、驚いたことに、100%全員亡くなっていた。


 


そこから、島村先生は限界を感じ、療法を工夫されたそうです。


 


【日本で抗がん剤が使われる理由】


 


アメリカ食品医薬品(FDA)は、抗がん剤を禁止しています。なぜなら、ガンを逆に多発化させるからです。


 


抗がん剤の正式名称は、「遺伝子合成阻害剤」。海外ではそう呼ばれているけど、日本では呼ばれていません。


 


抗がん剤は、癌を多発化させるので使用を禁ずるとあるんです。15年ほど前からです。WHOも抗がん剤使用を自粛するように通達しています。


 


ところが日本では厚生労働省が通知をしていない。役所にどうして通知しないかと問うと。


「市場在庫があるから」という答えでした。


 


患者は在庫を処理させられているんです。その在庫は、日本の在庫ではなく、アメリカの在庫です。


 


抗がん剤の特許はアメリカ企業で、アメリカで売れなくなったので日本に流しています。


 


日本のガンビジネスは、世界的に見ても最凶最悪の醜悪なビジネスです。ガン患者に、絶望と不安と激痛と死を与えるビジネスなのです。


 


回転式本部やアメリカのガン患者は、皆明るい。なぜなら、治ると思っているから。


 


ガンは、乳酸アシドーシスを改善していけば治る!ガンは、身体の酸化を還元する、つまり電子を失った身体に電子を与えていけば治る病気です。


 


だから陶板浴や水素療法やプラズマパルサーやAWGや重曹などで治ってしまうのです。


 


ハッキリ言えば、ガンはその程度の病気なのです。(←これを言うと嫌われる!)


 


日本のガンビジネスは、抗がん剤(マスタードガス)などでガン患者を殺し続け、ガンで死んだと信じ込ませるビジネスです。


 


日本は欧米で毒薬だとバレた薬やワクチンの最終在庫処分場です。人を殺したり、人に障害を与えるとバレてしまった毒薬を捨てずに、家畜扱いしている日本人に押し付けているのです。


 


子宮頸がんワクチンや血液製剤、抗がん剤などが、その代表です。エイズやギランバレー症候群、乳酸アシドーシスになろうが、死のうが、別に日本人ならいいか!という感じです。


 


日本の医者はバカで無慈悲だから、同胞を殺しまくっても何も感じないし、日本人はおとなしいから文句も言わないだろう!とナメているのです。


 


日本の医者は自分や身内のガンには抗がん剤を使用しませんが、他人であるガン患者にはバンバン使いまくります。


 


マスタードガスで患者を殺しまくっても法で罰せられませんし、むしろ国から推奨されています。最終的に悪事がバレても、「自分たちは知らなかった!」で通すつもりです。


 


日本では、毎日千人くらいが、病院で殺されています。


 


日本では、ゴミを路上に捨てたり、浮気したり、飲酒運転したりすれば、極悪人の様に批判されます。それだけ日本人は潔癖です。製薬会社や医者のやっている事は、そんな事とはレベルが違います。


 


医者や薬が病気を治してくれる!と信じている人たちを、騙して殺しているのです!何百人も、何千人も、何万人も、何十万人も、何百万人も、殺しているのです。


 


なぜこんな極悪な行為を許しているのか、理解に苦しみます。これ以上の悪行は思いつきません。


 


日本の医者の多くは、連続殺人犯など足元にも及ばないほど、ケタ違いに人を殺しています。


 


洗脳と無知の恐ろしさを、本当に思い知っています。ガン宣告されても、絶望しないでください。ガン宣告されても、医者の脅しに屈しないでください。ガン宣告されても、手術・抗がん剤・放射線被曝をしないでください。


 


自分は死にたいのだ!という人ならいいですが・・・。ガンは乳酸アシドーシスなどで、身体が酸化していく病気です。酸化を止めなければ具合が悪くなり、いずれ死にます。


 


酸化を止める、酸化を還元するのは、特に難しいわけではありません。陶板浴・水素・プラズマ・電子治療器・アーシング・食事療法・温熱・光線・テラヘルツ波などを駆使すれば、改善していく可能性が高いのです。


 


メディカルカッピングで、原始的に乳酸を取り除く方法もあります。


 


日本のガン患者の多くは、抗がん剤などで殺されています。ガン治療で殺されているのを、多くの人はガンで死んだ!と信じ込まされているのです。


 


欧米で有害と暴露された毒薬を、日本人は強制的に投与されて亡くなっているのです。その最悪な治療を避ければ、かなりの高確率でガンは治ります。


 


ガンを治す方法は幾つもあるし、それらを組み合わせる事も可能です。それを知っている治療家やガン患者は、笑いながらガン治療をしています。


 


人類がガンを克服できないのは、支配者・製薬会社・医者が殺人的なニセのガン治療を強制しているからです。


 


ガンが怖いのではなく、支配者・製薬会社・医者と正規のガン治療が怖いのです。


 


すべては、詐欺・イカサマ・八百長だったのです。人類はガンを克服できるのに、克服できないと信じ込まされているだけなのです。金儲けと人口削減のために・・・。


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以上ここまで。

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日露首脳会談とプーチンの山口訪問の深層


 


ウラジオストクにて日露首脳会談が行われました。


 


表向きの会談内容は巷のニュース記事に委ねます。当ブログでは、5月のソチ(このときは非公式)および今回のウラジオストクの会談、ならびに12月に予定されているプーチンの訪日の背景について考えます。


 


 


◆アメリカ大統領選はトランプ優勢


 


アメリカの経済状況は決して良いとは言えません。アメリカ百貨店の最大手でもあるメイシーズが全店舗の15パーセントにもあたる100店舗にものぼる規模の閉鎖を発表したり、失業者もEU平均の10パーセント程度となっている状況です。


 


またアメリカのバブルも崩壊寸前となっていますが、FRBは金利を上げてバブル崩壊の阻止に向かうでしょう。そうなれば、ますます国民の暮らしは圧迫され、こうした状況からトランプの支持が今後もさらに高まる可能性があります。


 


また、トランプは911の真相を知るスノーデンを匿っているロシアとも通じており、戦争屋・CIAにしてみれば首根っこを掴まれているようなものです。


 


 


 


◆軍事力・諜報力世界一のロシア


 


今や、軍事力や諜報力においてロシアに敵う国家はありません。


 


・ロシア軍事技術~巡航ミサイルや軍事衛星を無力化する無線電子技術による防衛システム


 


・黒海ではロシアの潜水艦にを恐れてアメリカ空母が逃走


 


アメリカ(戦争屋・CIA)はロシアに手を出したくても出せないのです。


 


 


 


◆安倍・田布施はロシアについた?


 


アメリカ・戦争屋・CIAの属国の日本・安倍が、今年すでにプーチンと2回の会談を済ませています。これはアメリカ・戦争屋・CIAも容認済みの出来事と見てよいでしょう。上記と、このことから類推すれば、世界の主導権はすでにロシア・プーチンが握っていること、アメリカと日本における首脳周辺は、プーチンの特殊部隊によって戦争屋勢力が掃討された可能性が非常に高いと見ることが出来ます(残るはマスコミ、官僚あたりか)。そして11月のアメリカ大統領選は、トランプの勝利となる。


 


そのような世界情勢にあって、アメリカがすでにロシアに主導権を握られているのであれば、日本も例外ではないでしょう。そしてプーチンが安倍の地元である山口に赴くということは、田布施勢力も含めてロシアが取り込んだ、つまり安倍と田布施がロシア側に軸足を舵を切ったことを示すパフォーマンスと見ることが出来るでしょう。


 


当ブログでは、裏も含め天皇家はすでにロシア・中国についたと見ています。(参考)


 


このように、日本の大勢もまた世界のパワーバランスの中に取り込まれていくことになります。それが何を意味するのか。継続して追求していきたいと思います。

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