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DATE: CATEGORY:杉並からの情報発信です

新コラム『今日の異論・反論』:今回のテーマ「昭和天皇に戦争責任はなかった。悪かったのは戦争を拡大した軍人たちだ」との主張に対する私の『異論・反論』!

 

①私は2018828()に下記のブログ記事をFB「週刊金曜日」読者会に投稿した。

 

【今日のブログ記事No.3011

 

2018.08.28 ブログ『杉並からの情報発信です』

 

https://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/9ed2bec3f67668db3516796c74e096f3

 

■日本人の不幸は『不条理な仕組み』を誰も正面切って批判しないから『理にかなった仕組み』がいつまでたっても作れず『悲劇』を何度も繰り返すことだ!(No1)

 

1.日本人の不幸は、昭和天皇・裕仁が企画・実行した『アジア・太平洋侵略戦争』によって日本人320万人を含むアジア・太平洋諸国民5000万人が殺され生活が全面破壊されたことを誰も正面切って批判しないことだ。

 

2.日本人の不幸は、戦後の日本を100%植民地支配するために米国が『アジア・太平洋侵略戦争』を企画・実行した最大・最高の『戦争犯罪人』である昭和天皇・裕仁の戦争犯罪を100%免責・免罪し、戦後の名前を変えた『天皇制』である『象徴天皇制』のトップに再び据えたことを誰も正面切って批判しないことだ。

 

3.日本人の不幸は、戦後の日本を100%植民地支配するために米国が最大・最高の『戦争犯罪人』昭和天皇・裕仁の戦争犯罪を100%免責・免罪したうえ、彼に協力した皇族、政治家、軍人、特高警察、特高検事、特高判事、兵器企業家、銀行家、財閥経営者、報道機関、国家神道、右翼・暴力団らの戦争犯罪も免責・免責し岸信介が主導する傀儡政党・自民党に再結集させて戦後日本の権力中枢に送り込んだことを誰も正面切って批判しないことだ。

 

4.日本人の不幸は、戦後昭和天皇・裕仁がマッカーサーGHQ総司令官と11回も会談した挙句にマッカーサーを飛び越えて当時のダレス米国務省顧問と直接交渉して『助命』と『天皇制存続』のために米軍の無条件日本駐留を提案したことを誰も正面切って批判しないことだ。

5.日本人の不幸は、戦後70年以上にわたって政権を独占し日本の政治・行政・司法・経済・社会を支配してきた自民党は、米国が米国の利益のために日本人代理人を使って作った『米国傀儡政党』であることを誰も正面切って批判しないから知らないことだ。

 

6.日本人の不幸は、米国がA級戦犯で米CIAのスパイになることで助命・釈放した岸信介を傀儡政党・自民党の初代幹事長に就任させて現在まで続く日本の米軍支配の法的根拠である『日米安保条約』を起案し1960年に国民の大反対を機動隊とヤクザの暴力で鎮圧して国会で強行成立させたことを誰も正面切って批判しないことだ。

 

7.日本人の不幸は、戦後70年以上にわたって政権を独占し日本の政治・行政・司法、経済・社会を独占支配して来た米国傀儡政党・自民党は、日本国民の生命、安全、財産、自由、基本的人権を棄損し、国家主権を米国に売り渡し戦争へと誘導してきた『反国民売国政党』でことを誰も正面切って批判しないから知らないことだ。

 

8.日本人の不幸は、国民が内閣総理大臣を直接選挙で選ぶことのできない『不条理な仕組み』である『議院内閣制』を誰も正面切って批判しないから『自民党総裁選挙』のインチキにだまされるのだ。

 

9.日本人の不幸は、実質的に内閣総理大臣を選ぶ『自民党総裁選挙』は『公職選挙法』が適用されないなんでもありの『私的選挙』であるという『不条理な仕組み』に誰も正面切って批判しなから知らないことだ。

 

10.日本人の不幸は、920日投開票の『自民党総裁選挙』の安倍晋三と石破茂の二人の立候補者は共に『憲法改正』の名のもとに日本国憲法を破棄し戦前の『大日本帝国憲法』に差し替えて自衛隊を国軍に変えて日本を戦争する国にする『軍国主義者』であることが国民に隠され知られなくされていることだ。

 

11.日本人の不幸は、内閣総理大臣が自分に有利な時に衆議院を解散して総選挙を行い常に勝利するという『不条理な仕組み』である『首相は衆議院を解散権持つ』という『嘘』に誰も正面切って批判しないから騙されていることだ。

 

12.日本人の不幸は、日本国憲法第41条『国会は国権の最高機関である』の規定にも拘わらず国会の下に位置する内閣の長である内閣総理大臣が自分の都合の良い時に上位に位置する国会(衆議院)を勝手に解散して総選挙を実施すれば必ず勝つという『不条理な仕組み』を誰も正面切って批判しないことである。

 

13.日本人の不幸は、日本国憲法第41条『国会は国の唯一の立法機関である』の規定にもかかわらず、歴代自民党内閣がほとんどすべての法案を起案し閣議決定して国会で強行成立させてきた『不条理な仕組み』を誰も正面切って批判しないことだ。

 

(終り)

 

②この投稿に対してFB「週刊金曜日」読者会会員の柴和正幸という人が下記の批判コメントを投稿しました。

 

柴和 正幸 → 山崎 康彦さん

                             

昭和天皇が、アジア侵略・太平洋戦争を企画・実行したと記されていますが、それは明らかな間違いです。確かに当時の国体の最高責任者であり、宣戦布告をしたことは、間違いありません。統帥権を侵犯した軍部が戦争を起こしたのが真の事実です。 関東軍が政府の意向を無視して、拡大したのです。戦後、昭和天皇が屈辱的といわれるマッカーサーと面談したことは、国民を救うためであり、自身の命乞いをしたのではありません。何故、マッカーサーが昭和天皇をとがめなかったかと言えば、天皇を処罰すれば占領統治が出来なきくなると判断したからに、他なりません。時の政府が都合よく天皇を利用したが故に、戦後、政治から切り離し、象徴天皇としたのです。解釈は自由ですが、史実を曲げてはいけないと思います。

 

③上記の批判コメントに対して私は以下の批判コメントを投稿しました。

 

山崎 康彦 → 柴和 正幸さん

 

あなたは「昭和天皇に戦争責任はなかった。悪かったのは戦争を拡大した軍人たちだ」と主張しています。

 

ということは、オウム真理教教祖麻原商工が「私は無罪だ。悪いのは部下の幹部信者たちで彼らが勝手にウあったのだ」と主張したのを認めるわけですね。

 

「オウム事件」で有罪となり処刑された麻原正晃は「冤罪」だったということですね。」

 

④続けて以下のコメントも投稿しました。

 

山崎 康彦 → 柴和 正幸さん

 

昭和天皇が1975年に初めて記者会見を開いた時①広島への原爆投下②天皇の戦争責任について記者から質問された時の返事は下記のとおりです。

 

①昭和天皇『この原子爆弾が投下されたことに対して遺憾には思っておりますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思っております』

 

②昭和天皇『そういう言葉のアヤ(戦争責任)については、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます』

 

あなたはどのように思われますか?    

 

⑤結局柴和正幸さんは何らの反論もしないまま、私の投稿文③を削除して沈黙したままです。


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■『小天皇』が社会のいたるところで跋扈しているのが今の日本社会だ!(山崎康彦)

 

①日本社会では『権力を持つ者』や『権威をもつ者』に直接話しかけ対等な立場で意見を述べ合うことは『礼を欠きすべきことではない』ことになっている。

 

②対等な立場で話ができない『身分社会』は、『権力を持つ者』『権威をもつ者』が『小天皇』となり社会のいたるところで跋扈することになる。

 

③なぜこのような前近代的な『天皇制身分制度』が依然として日本人の日常生活にはびこっているのか?

 

④その第一の源流は、1600年から1867年まで約270年間続いた江戸幕藩体制が完成させた『絶対身分制度』と『封建制度』によって『お上には逆らわない』『長いものには巻かれる』という『奴隷根性』が日本人の骨の髄まで植え付けられたおであろう。

 

⑤その第二の源流は、1868年年の『明治維新』から1945年の敗戦まで約80年間続いた『天皇制独裁体制』と天皇を『生き神』に祭り上げた『天皇教』による『宗教洗脳』だろう。

⑥カルト宗教『オウム真理教』教祖・麻原の『でたらめ説教』に3000-4000人が騙されて数々の凶悪犯罪に手を染めたのと同じように、戦前の日本人は『生き神』となった昭和天皇・裕仁が企画・実行した『アジア太平洋侵略戦争』に総動員され、日本人320万人を含むアジア太平洋諸国民5000万人の命を奪い生活を全面破壊したのと同じように、戦前の日本人は『生き神』となった昭和天皇・裕仁が企画・実行した『アジア太平洋侵略戦争』に総動員され、日本人320万人を含むアジア太平洋諸国民5000万人の命を奪い生活を全面破壊したのである。

 

⑦そして第三の源流は、敗戦後の日本を軍事占領し日本を『植民地支配』し続ける米国支配階級とその傀儡政党・自民党が日本人を『支配・搾取する道具』として採用した『名前を変えた天皇制=象徴天皇制』と個人と個性を押し殺す『集団主義』であろう。

 

⑧戦後の日本人は、天皇家の永遠の繁栄を願う『君が代』をその意味も知らずに『国歌』として斉唱し、アジア太平洋諸国を侵略した『大日本帝国』のシンボル『日の丸』を『国旗』として掲揚し、天皇をはじめとする皇室・皇族全員を『さま』付けて呼び、天皇が代替わりするたびに新たな『元号』に変えることに何の疑問も持たない『思考停止奴隷』のままでいるのだ。


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②安倍首相宅放火未遂事件「18年目の真実」●山岡俊介(後編)

 

安倍首相は選挙妨害を依頼した前科8犯の男と密室で何を話したのか?

全容が記録された秘書の署名捺印入り文書が

 

2018.07.07 Litera

 

http://lite-ra.com/2018/07/post-4111.html

 

安倍晋三公式サイトより

 

18年前に起きた暴力団組長らによる安倍首相自宅への放火未遂事件。その“主犯”とされた男が初めて口を開いた。

 

 男の名前は小山佐市(80歳)。前科8犯、地元・下関では公共工事に介入するブローカーとして有名だった小山は、1999年の下関市長選で、安倍事務所から依頼を受け、安倍首相子飼いの現職市長を当選させるため、対立候補を攻撃する選挙妨害工作の依頼を受けていた。ところが、安倍事務所が見返りの約束を果たさなかったため、翌2000年に暴力団を使って、犯行に及んだとされる。

 

小山は2003年に実行犯の工藤会系組長らとともに逮捕されたが、マスコミは当事者の小山が収監されてしまったこと、そして、物証がないことなどを理由に、この問題の裏側にある安倍事務所の選挙妨害事件を全く報道しなかった。

 

しかし、13年の実刑判決を受け服役していた小山が今年2月に出所。5月になって、この問題をずっと追及し続けているジャーナリスト・山岡俊介の取材に応じたのだ。そして、小山は、安倍事務所が選挙妨害を依頼し、その交渉に安倍首相も関与していたことを裏付ける3通の文書を目の前に出した。3通の文書にはすべて、当時の安倍事務所の筆頭秘書で山口県警警視出身の竹田力の直筆署名、捺印があった。

前編では、山岡が事件の全容を改めてふりかえりながら小山の実際の証言内容をレポートしたが、後編では、問題の核心であるこの3通の文書の詳細について解説する。なお、山岡は自らが主宰する「アクセスジャーナル」でも、この文書の存在を報じているので、あわせて読んでほしい。

(編集部)

 

●安倍事務所と選挙妨害を依頼したブローカーがかわした3通の文書

 

筆者の取材に、1999年の下関市長選挙で、安倍事務所の佐伯伸之秘書の依頼を受け、選挙妨害を働いていたことを認めた小山佐市。安倍の推す子飼いの現職・江島潔市長(現・参院議員)を激しく追い上げていた野党系候補・古賀敬章(のちに衆院議員、引退)の怪文書を配布したと語った。

 

「ゴム手袋して何万部もコピーして、自分も部下と車で回って各家に投函した。佐伯秘書が作業を手伝ったこともあった」

 

さらに、小山は、この選挙妨害が佐伯秘書の個人的な裁量によるものでなく、安倍事務所や安倍首相も納得ずくのことだったと証言した。

 

「佐伯(秘書)に選挙妨害の依頼を受けたとき、佐伯では信用できないから上司の竹田(筆頭秘書)に電話して確認した。その時、竹田は“この件は安倍さんも含め安倍事務所全員の総意”と言うたんよ」

 

安倍首相や安倍事務所が積極的に不正に手を染めていたことを証言したわけだが、しかし、証拠は小山の言葉だけではなかった。小山は筆者に安倍事務所と交わした3通の文書を見せてくれた。

 

994月の選挙で安倍事務所が推す江島市長が当選したにもかかわらず、安倍事務所は小山に約束した「見返り」を実行しようとしなかった。そこで、業を煮やした小山サイドが依頼窓口の佐伯秘書では埒があかないと、上司の筆頭秘書・竹田と交渉。さらに、安倍と小山が直接面会して、見返り条件について秘密会談を行ったのだ。

 

安倍本人が前科8犯の暴力団と通じているブローカーと秘密会談を持っていたとは驚きだが、3通の文書はその交渉過程で、小山サイドと安倍事務所双方が交渉内容を確認したうえ、署名捺印した記録文書だった。

 

1通目の文書ではブローカーの要求に筆頭秘書が「安倍先生共々、最大限の努力」

 

abeyamaoka_01_20180705.jpg

決定的物証の念書

 

ひとつひとつ解説していこう。1通目は平成11年(99年)617日の日付のある「確認書」。前編で画像を公開したものだが、この文書には、小山サイドが安倍事務所に書面で要求を突きつけた上、61415日の2日間にわたって、安倍事務所を訪問して、竹田筆頭秘書に対して回答を要求。それに対して、竹田筆頭秘書が返答した内容が記されていた。

 

「竹田先生発言内容」という見出しの下に①から⑦まで並んだ項目がそれだ。まず、ひとつめにはこんな記述がある。

 

〈① 此の度の佐伯氏(安倍事務所含)の一件、謝罪され、謝罪(佐伯氏をクビ)して済む問題ではないと思っておりますと言われた事。〉

 

この平身低頭ぶりをみるだけでも、安倍事務所が小山に相当な借り、後ろ暗さがあることがよくわかるが、衝撃的なのは前編でも触れた2つめの項目だった。

 

〈② 古賀潰しの件(佐伯氏よりの依頼)安倍代議士に報告し、代議士含め小山会長とお話をさせて頂きたいと思っておりますと言われた事。〉

 

「古賀潰しを安倍代議士に報告」、これはつまり江島市長の対立候補である古賀候補への選挙妨害を安倍本人も知っていたことの証明ではないか。小山は選挙妨害の依頼を受けた際、“この件は安倍さんも含め安倍事務所全員の総意”と言われたと証言しているが、その証言の信憑性を裏付けるものと言えるだろう。

 

そして、こうした背景があるためだろう、③では、安倍と直接、会わせろという小山の要求に対して〈此の度の件(古賀問題含め)安倍代議士と小山会長がお会い出来るよう必ず調整しますとの事〉と、全面的に実現を約束しているのだ。

 

この文書には、ほかにも、安倍事務所が小山からさまざまな要求をつきつけられている様子がうかがえる。⑤の〈亀田先生の件、(中略)小山会長と一緒に話合いをし、亀田先生の今後を安倍先生共々、最大限の努力をしますとの事。(後略)〉もそうだ。

 

亀田先生とは、下関市長選の第三の候補者、亀田博・元下関市長(現・下関市市議会副議長)のこと。実は、小山は市長選では、江島ではなく亀田を応援していた。安倍事務所の依頼で古賀への選挙妨害を行ったのは、佐伯秘書から古賀への攻撃が亀田への支援になるかのかのように騙された結果だったという。

だが、市長選で安倍は亀田のことを一切支援せず、自民党は推薦を江島に一本化。結局、亀田は最下位で落選した。その事に腹を立てた小山が、亀田の再就職の世話、さらに亀田の債務の肩代わりを安倍事務所に要求していた。当時、亀田は市長時代に立ち上げた日韓高速フェリーで行政訴訟を起こされ、敗訴。個人で85千万円の損害賠償支払いの命令が下されていた(のちに最高裁で逆転勝訴)。

(もっとも、この点については、亀田の名前を利用しだだけとの説もある)。

 

これに対して、竹田筆頭秘書は〈亀田先生の今後を安倍先生共々、最大限の努力をします〉と回答している。

 

2通目は、安倍事務所から前科8犯の男に「安倍代議士と11で話し合いを」

 

さらに文書には、小山の逮捕直後から「安倍事務所が見返りを約束したのに反故にした」と噂されていたあの話も書かれていた。⑥の〈新下関西土地区画整理事業内 都市計画道路

南側変更依頼の件について〉がそれだ。小山は安倍事務所の力を使って市に都市計画道路を変更させ、大型ショッピングセンターのジャスコを誘致しようとしていた。

 

ただし、この時点では〈中司氏(安倍事務所の事務局長=筆者注)が役所関係交渉したが、現在の所、変更は難しいとの事。〉と安倍事務所が市に働きかけたものの、色よい返事がもらえなかった事がうかがえる。

 

⑦はもっと露骨だ。小山は、下関新水族館と唐戸市場の土木工事に自分たちを参入させるよう安倍事務所に求めていた。竹田秘書は〈新水族館及び唐戸市場工事につき竹田先生自身、親しい人に状況依頼(五洋・戸田建設)の結果、土木・基礎工事等(鉄骨含む)に関しては、既に下請け業者が決まっているとの事。〉と回答しているが、小山サイドは納得せず、文書には〈上記⑦に関して、寿工務店受発注工事の全て我々(安倍・亀田先生支援者)へ変更(受発注)強く求む。〉と付記されていた。ちなみに寿工務店というのは、江島市政で公共工事を大量に受注するようになった典型的な安倍・江島系企業だ。

 

そして、この7つの項目の後に、〈以上、上記事項、間違いが生じない為、双方確認の上、署名捺印致します。〉として、〈衆議院議員 安倍晋三事務所 秘書 竹田力〉の直筆サインと捺印が押されていた。

 

この1通目の文書をみるだけで、安倍事務所側に選挙妨害を小山に依頼したという明らかな認識があり、そのうえで、佐伯秘書が約束したダーティな見返り条件を無下に断れず動いていた事がうかがえる。しかも、その経緯は安倍にも「報告」され、その結果、安倍と小山が直接、話し合う段取りが進んでいたことも記されていた。

実は、平成11622日という日付が書かれた2通目の文書は、その安倍と小山の話し合いの開催を安倍事務所が小山に通知するものだった。

 

〈有限会社 恵友開発  会長 小山佐市 殿

 平成1173日(土)午前10時 下関市東大和町1丁目816号 安倍晋三事務所において平成1151.10.11日付け書面及び515日付け書面につき、小山会長・安倍代議士(11)で話合いする事、勝手ながら決めさせていただきました。大変お忙しい中、お手数おかけいたしますが、安倍事務所へお越し頂けますよう、何卒、宜しくお願い申し上げます。

          衆議院議員 安倍晋三事務所 秘書 竹田力 印〉

 

前科8犯、暴力団とも通じているブローカーに、安倍のほうから11で会う、と言ってきたのだ。これも前述したように、安倍サイドにいかに後ろ暗いところがあったかの表れだろう。

 

3通目の文書では安倍自身の「最善を尽くしたい」の言葉、選挙妨害の口止めも

 

 そして、2通目の文書どおり、安倍と小山は9973日に下関の安倍事務所で11で会っている。

 

小山は「安倍事務所の奥には防音装置のついてる部屋があってそこで2人きりで密談した」という。いったい何が話しあわれたのか。その記録が3通目の「確認書」だ。

 

この文書は平成11713日、〈小山佐市殿〉という宛名のあとに、〈別紙 平成1173日付要望書について平成1173日(安倍代議士)・平成1176日(竹田先生)と小山会長と下記話し合いを行いました。本件につき双方一切他言しない事、約束を交わした。〉とあり、4つの項目が並んでいる。

 

〈①【亀田先生について】

平成1173日 午前10?1145分(安倍事務所)安倍代議士発言『今後、亀田さんの希望あれば、就職について最善を尽くしたい』との事。(後略)〉

 

〈②【古賀問題について】

この件については、安倍代議士と諸々のお話をされていますが、代議士より小山会長と話合いをする様、指示を受け、本件につき小山会長と話合いを行い、中谷弁護士に話合いのご依頼を致しました。(後略)〉

〈③【新下関ジャスコ出店希望路線変更について】

安倍代議士、本件早急に調査した上、下関の活性・発展の為にも最善を尽くすとの事(竹田先生同)。

この件(都市計画変更)については、現段階では極めて難しい問題でありますが(有)恵友開発より地権者等とのお話合いをされ、基本となる地元・区画整理組合の方々が挙って計画変更したい旨のご意向であれば、行政サイドに要請する様、最大限努力致します。(後略)〉

 

〈④【税金の無駄遣い・公共事業工事等、他差別について】

〈下関の活性・発展の為、最大限なるご尽力頂きたいとの件、よく判りました。〉

 

そして、最後にはやはり、1通目、2通目の文書と同様、〈安倍晋三 秘書 竹田力〉のサインと捺印があった(当初は「秘書」の部分が「代理人」になっていたが、二重線で修正されていた)。

 

この文書を読む限り、安倍首相は小山の要求のほとんどについて、前向きな回答をしている。小山によると、実際の話し合いはもっと突っ込んだ話をしていたらしい。

 

たとえば、亀田元市長の85千万円の損害賠償の肩代わりについても話し合われ、小山は亀田が所有している絵画の買取などを提案したというが、これも安倍は拒否しなかったという。また、ジャスコ出店のための新下関西土地区画整理事業の計画変更については、当初、安倍が難色を示し、「雇用が増えて下関が発展するのに何を言ってるんだと思い、思わず出されたコーヒーカップを投げた」(小山)という一幕もあったらしいが、最終的には、小山が持参したジャスコ計画地図を広げ、道路変更位置を確認。安倍から計画図を預かりたいと言ったという。

 

そして、安倍は小山に、「竹田(力秘書)に後のことは絶対に最善を尽くす、約束は守らせますので、本日を持って古賀の件は口に出さないで下さい」と懇願、小山も「よく分かりました」と応じ、お互い堅い握手を交わしたのだという。そして、小山が帰るとき、安倍を先頭に竹田筆頭秘書、事務員総出で見送った。

 

安倍事務所が依頼した違法な選挙妨害をなんとか口封じするために、安倍首相自身が小山の突きつけたグレーな要求に「努力する」「約束は守る」と答えていたのだ。

 

倍との密談した後に、ブローカーを山口県警に逮捕させた安倍事務所

 

 しかし、それから、約1年後の20008月、工藤会系暴力団による安倍の自宅や事務所の放火未遂事件が起きた。安倍が直接、協力を約束したにもかかわらず、小山はなぜ、工藤会系暴力団を使って報復に及んだのか?

その裏には、安倍サイドの裏切りがあった。実は小山は、この安倍との密談の翌月、998月に下関署に逮捕されているのだ。容疑は驚いたことに、安倍事務所・佐伯秘書に絵画を無理やり買わせたとする300万円の恐喝だった。しかし、小山によると、これはでっち上げ逮捕だったという。

 

「(選挙のすぐあと)たしかに佐伯はワシに300万円を渡そうとした。しかし、当時ワシはカネに困ってなかったので、断った。そうしたら、今度は知り合いの安倍の後援者である元会社社長が、ワシが当時、コレクションしていた石井薫風という画家を、その社長の女房が大ファンでどうしても彼の絵が欲しいと日参する。最初は佐伯のダミーやろと言って断ったが、あんまりしつこいので、絶対に佐伯とは関係ないなと念押しして譲ってやった。それが、安倍に会ったあと、いきなり佐伯から告訴されて、逮捕されたんや」(同)

実際、下関署に逮捕された小山だったが、その後、検察で起訴猶予になり、釈放されている。また、筆者は小山からこの300万円の領収証のコピーを入手したが、その宛先は佐伯秘書ではなく、小山の証言通り別人だった(日付は選挙翌月の99520日)。

 

 もちろん、小山の主張をすべてうのみにはできないし、この元会社社長がダミーで、元は佐伯秘書か安倍事務所の金だった可能性もある。だが、すくなくとも、安倍事務所が裏切って佐伯に小山を告訴させたことは間違いないだろう。

 

小山を逮捕した山口県警、下関署は父親の代から安倍の影響力が非常に強いうえ、筆頭秘書の竹田は元山口県警の警視だった人物。おそらく安倍との密談で小山から突きつけられた要求が実現不可能なものだったため、追い詰められた安倍事務所は、佐伯に告訴させ、山口県警に働きかけて、小山を口封じ逮捕させたのではないか。

 

起訴できなくても逮捕させるだけで小山には脅しになる、山口県警に手を回せば、表沙汰にはならないという計算もあったのだろう。実際、マスコミはこの事件をほとんど報じなかった。

 

しかし、小山はひるむどころか、協力を約束しながら一転、口封じを図った安倍サイドの裏切りに激怒した。工藤会系暴力団を使った放火未遂事件は、その報復だったのだろう(小山自身は、放火についても明確に指示を出したわけではないと、無罪を主張していたが)。

 

その怒りは、逮捕されて実刑判決を受け、収監されても変わらなかった。裁判では安倍事務所による選挙妨害依頼の詳細や念書のことは一切語らなかったが、その一方で、小山は獄中からも、安倍に対して、抗議の書面や要求の手紙を送り続けていた。こうした書面や手紙には、今回、紹介した文書よりもさらに生々しい事実も書かれている。筆者が主宰する「アクセスジャーナル」で詳細を紹介しているのでぜひ、読んでいただきたい。

 

しかし、安倍の側は小山がいくら書面を送ってもなしのつぶて、全く相手にしなくなった。小山が服役している間に一強体制を築き、メディアまで支配した安倍はもはや、小山のことなど恐れる必要はないと考えるようになったのだろう。実際、どのマスコミもこの問題を報道することはなかった。前編でも紹介したように、唯一、この問題を報じようとした共同通信も、途中で潰されてしまった。

週刊新潮」のインタビューの直前に突如、姿を消した小山佐市

 

おそらく、出所した小山が筆者に連絡を取ってきたのは、こうした状況に直面して、安倍に最後の戦いを挑もうとしたのだろう。

 

実際、小山は筆者の取材だけでなく、筆者の仲介で「週刊新潮」のインタビューにも応じる予定だった。新潮が大々的に取り上げれば、新聞やテレビも動く可能性がある。もしかすると、安倍首相を本格的に追及する機運が生まれるかもしれない、筆者自身、そんな期待を抱いていた。

 

ところが、事態は急変した。その小山が突如、態度を豹変させ、「週刊新潮」の取材を断り、途中から筆者とも連絡が取れなくなってしまったのだ。いったい、小山になにがあったのかはわからない。まさかとは思うが、安倍サイドに懐柔されて、寝返ってしまったのか。

 

しかし、筆者は小山の意思とは関係なく、自分の主宰する「アクセスジャーナル」はじめ、オファーのあったメディアで、小山の取材内容や小山から預かった念書、膨大な書面や手紙を公開することにした。

 

こうした証言や文書は、この国の最高権力者である総理大臣が「選挙妨害」という不正に関与し、暴力団とも通じる前科8犯のブローカーと裏取引をしていた決定的証拠であり、その存在を国民に広く知らしめるのは、ジャーナリズムの責務だと考えたからだ。

 

しかも、安倍政権はいま国会を延長して、IR法案=カジノ法案を強行採決しようとしている。カジノ法案については、暴力団や反社会的勢力の介入を招く危険性が指摘され、政府与党は「暴力団員の入場禁止」という条項をつくることで「反社会的勢力は排除できる」などと強弁している。

 

だが、この問題によって、カジノ法案を通そうとしている最高責任者の安倍が平気で、反社会的勢力に通じた人間に選挙妨害を依頼していたのだ。しかも、その選挙妨害のおかげで市長になった江島潔が安倍の後押しで、参院議員になって、いま、カジノ法案を審議する内閣委員会の委員におさまっている。こんな政権が、暴力団、反社会勢力の介入を阻止できるわけがないだろう。

 

しかし、国民の多くは未だ安倍首相のダーティな本質を知らないでいる。安倍政権の暴挙を食い止めるためにも、一人でも多くの国民にこの事実を知ってもらいたい、そして、そのために小山にマスコミの前で口を開いてもらいたい、と切に願っている。(文中敬称略)

 

(山岡俊介)


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特集:安倍晋三の権力犯罪『ケチって火炎瓶』事件

 

①『ケチって火炎瓶』事件を調査報道してきたフリージャーナリスト山岡俊介氏が87日新宿で謎の階段転落事故で1カ月の重傷!

 

【関連記事】

 

▲『ケチって火炎瓶』

安倍首相と暴力団の疑惑を追う山岡俊介氏が階段から転落 右肩骨折、頭部7針の本人に直撃インタビュー

 

2018/08.28 林克明 My News Japan

 

http://www.mynewsjapan.com/reports/2413

 

【写真左】安倍晋三氏と小山佐市氏(右)

 

【写真右】安倍首相と小山氏の疑惑を追う最中、駅階段から転落したジャーナリストの山岡俊介氏

 

87日夜9時ごろ、新宿駅東口のアルタスタジオ横の階段から、ジャーナリストの山岡俊介氏が転落し、重傷を負った。14段下の踊り場まで一気に転がり落ち、通行人が見つけて救急車を呼び東京女子医大に搬送。右肩骨折、頭部7針を縫い、右膝は腫れ上がり、827日現在もまだ回復していない。

 

転落する約2ヶ月前から山岡氏は、主宰するサイト『アクセスジャーナル』で、安倍首相の大スキャンダルを連日報じていた。その疑惑とは、安倍事務所が19994月の下関市長選で、暴力団と関係の深い人物に選挙妨害を依頼。しかも安倍晋三自身が選挙妨害実行者と直接面談し、事後処理に係っていたことを含む物証(3通の文書)も公開していた。当事者の証言動画や、安倍首相と選挙を妨害した人物を直接会わせたという元筆頭秘書の発言録音もある。転落事故について山岡氏本人から話を聞いた。(記事末尾で獄中から安倍首相宛の嘆願書ダウンロード可)

 

810日、前日に投稿された以下のツイートに目が釘付けになった。       

 

寺澤有? @Yu_TERASAWA 89

 

【第1報】7日21時ごろ、山岡俊介さん @yama03024

が新宿のスタジオアルタの地下階段を降りようとしたところ、体が飛ぶようにして転落。救急車で病院へ運ばれ、右肩骨折、頭部7針を縫う重傷。「誰かに押された記憶はないが、どうしてあんなところで飛ぶのか」と話している。某事件との関係は不明。

 

投稿者は、安倍首相にまつわる「某事件」を山岡氏とともに取材したジャーナリストの寺沢有氏である。

 

いやな予感がした。長年にわたり事件取材を続けてきた山岡氏の身に起きた過去の事件を、筆者はすぐに思い起こしたからだ。

 

20057月、何者かによって山岡氏の自宅が放火されている。さらに20078月には、脅迫状とカッターナイフが送りつけられた事件もあった。

 

脅迫状などから、いずれも取材や記事に起因する事件であることがわかっており、山岡氏は「犯人のめどはついている」と言う。当時、そのことを警察にも伝えているが、放火・脅迫状とカッターナイフの両事件は、今もうやむやになったままだ。

 

また、警視庁が、犯歴情報という個人情報を消費者金融の武富士に流し、武富士からはお中元お歳暮などが出ていたほか、個人の信用情報を警察に流していた事件(いわゆる武富士事件)も、山岡氏は積極的に取材していた。

 

武富士事件は、問題ある企業と警察の癒着という大スキャンダルだった。その取材をしていた山岡氏の自宅電話は、武井保雄武富士会長の指令によって、盗聴されていたことも判明した。山岡氏は、取材者であるとともに、盗聴の被害者だったわけだが、逆に新宿警察署より、任意捜査という名の取り調べを連日受け、新宿警察署の田中刑事から「お前は銀バエだ」などと罵声を浴びせられた(03523日午後)。

 

自らの不正を隠蔽するために警察は、武富士に対する恐喝未遂事件をでっち上げ、逆に山岡氏を逮捕しようと試みていたのである。

 

しかし、山岡氏自宅電話の盗聴を指示していたとして、武富士の武井保雄会長が03122日、電気通信事業法違反容疑で逮捕され、形成は一気に逆転した。

 

武富士も大きな事件だったが、山岡氏が追及している安倍首相の某事件は、民主主義体制の根幹を揺るがす深刻な問題だ。山岡氏の主催するアクセスジャーナルでの連載記事と寺澤有氏の電子書籍

、そして二人の対談を基に、以下で重要部分をコンパクトにまとめた。

 

◇安倍首相「選挙妨害・自宅放火事件・暴力団関係」とは

 

【上】1通目確認書。すでに竹田力筆頭秘書とのやりとりや、「古賀つぶし」(選挙妨害)についても触れられている。【中】2通目願書。竹田秘書により、73日午前10時に安倍晋三氏と小山氏を直接対面させる旨が記されている。【下】3通目確認書。上記の直接面談を踏まえた文書。

 

 安倍晋三衆議院議員の事務所が19994月の下関市長選で、対立陣営候補(古賀敬章・元衆院議員)の選挙妨害を、暴力団とつながりのある建設会社会長・小山佐市氏に依頼した。

 

小山氏は実際に、古賀候補の誹謗中傷ビラを配布した。結果は、古賀氏の落選、安倍事務所が応援した江島潔氏が当選した。

 

ところが、選挙妨害活動に対する見返りがなく、特定危険指定暴力団の工藤会系高野組の高野基組長ら関係者とともに、怒った小山氏は、20006月から8月にかけて、安倍晋三氏の自宅や後援会事務所など、4か所に、火炎瓶で放火を試みた(小山氏は冤罪を主張)。

 

政治家の自宅や関係箇所を火炎瓶攻撃されたにもかかわらず、安倍事務所は警察に捜査を依頼せず、山口県警も動こうとしなかった。

 

ところが3年経った200311月、放火未遂事件で小山氏と工藤会系高野組の高野基組長が逮捕されたのを皮切りに、関係者複数人が逮捕された。

当時、今は廃刊した『噂の真相』が、放火事件の背景には、安倍事務所による選挙妨害依頼があった、と報じたが、他のマスコミはとりあげなかった。

 

しかしその後、共同通信社が取材して記事化する寸前までいった。ところが2006926日に第一次安倍政権が発足して約一週間後の102日、共同通信社は会議を開き、記事を見送ることを決定した。選挙妨害事件という大スキャンダルが握りつぶされたのである。

翌年200739日、福岡地裁小倉支部で小山佐市氏に懲役13年、高野組長に懲役20年の判決が言い渡された。

 

それでも山岡氏らは追及の手を緩めず、20148月、寺澤氏とともに安倍氏の筆頭秘書だった竹田力氏(元山口県警の警視=16年8月死去)のもとを訪れ、トラブル解決のために安倍晋三氏と小山氏を引き合わせたこと、「私が一筆入れました」などの証言を引き出す。

 

竹田証言も録音しており、今年728日に筆者が主催する講演会(前半・後半で録音の一部を公開した。

 

それから4年後の2018510日、事態は急展開する。2月に出所した小山氏が山岡氏に電話したが、つながらず、寺澤氏に電話して、つながった。急遽、山岡・寺澤の両名は下関にとび、513日に小山氏を長時間にわたり詳細にインタビューしたのである。

 

小山氏本人の証言動画撮影とともに、存在が指摘されていたが現物が公になっていなかった、安倍事務所と小山氏との3つの確認書類を、二人は目にする。つまり、動かぬ証拠が出てきたのだ(3通の文書については、ぜひ山岡氏主催のアクセスジャーナルおよび、寺澤氏の電子書籍で読んでほしい)。

 

事件から18年ぶりに当事者がビデオカメラの前で当人しか知りえない事実を証言し、3通の確認書などが出てきたことで、大転換すると思いきや、大マスコミ(記者クラブメディア)は現在も沈黙を決め込んでいる。

 

しかし2人のジャーナリストによって、インターネット上で、急激にこの事件の内容が拡散されるようになった。

 

その矢先に起きたのが、階段転落“事故”なのである。

【上】新宿駅前アルタ左の階段を山岡氏は下りようとした。駅前広場に面しているわりに人通りは少ない。【中】階段の上から下の踊り場まで前転し止まることなく転落。地下鉄や地下通路につながる階段だが監視カメラはまったく設置されていない。【下】手前の踊り場で階段の上の方向(写真撮影者と同じ方向で)に向かいうつぶせ状態で体が止まった。

◇転落現場の階段に駆けつけた

 山岡氏が扱っている安倍首相にまつわる疑惑は、深刻な要素を含んでおり、過去の自宅放火事件や脅迫・カミソリ事件があるだけに、まずは転落現場を確認し、山岡氏本人に事情を聞かねば、と筆者は新宿に向かった。転落の4日後である。(87日午後9時転落、筆者が現地に向かったのは811日午後2時)

 

現場は、新宿駅東口駅前のアルタスタジオに向かって左側の階段だ。地下通路や、地下鉄駅へと通じている。14段の階段の下には広い踊り場があり、さらに右方向に階段が続く。

特別に急な傾斜ではなく、ビルの階段としては標準的な段差で、角度もごくふつうだ。

 

新宿駅前だから、そこそこ人通りはあるものの、新宿駅ビルに直結する階段のような膨大な人々が利用するほどでもない。微妙な人通りの階段である。つまり、駅ホームに直結する階段よりは、はるかに人が少ない。

 

 14段降りた踊り場には、ポタポタと液体が垂れたようなシミが付着していた。かなり出血したというから、山岡氏の血液跡だろうか。すぐにでも山岡氏に会わなければ、と2度電話するも、留守電だった。

 

新宿を跡にして別の場所に移動したが、気になって、その日の165分に再び山岡氏に電話した。ようやくつながると山岡氏は、

 

「事故だとは思うんですけど・・・」

 

と小さな声で、控えめな答えが返ってきた。その声を聞いて、逆に、今すぐ会いにいかなければ、と彼の自宅へ向かった。

 

◇山岡氏宅前に立つ不可解な人物

 

山岡氏宅が経つ界隈は、ふしぎな街並みである。裏町的な雰囲気もするし、古い東京の趣もある。

 

住所をたよりに自動車も通れないような路地を進むが、行き止まりもあり、すぐには家を探し当てられなかった。

この辺りだな、と思う地点にきて右方向を見ると、若い男が立って何かしているような感じだ。周囲にはまったく通行人がいないのでなんとなく目立つ。

 

さらに歩みを進めると違う番地になってしまったため、再び戻ると、2分ほど前に見た男がまだ立っていた。スマホか何かをいじっているような様子だったが、細かな動作は覚えていない。

 

そちらの方向に私が歩き始めると、男はきびすを返し、その先にある石段を登り去っていった。

 

歩みを進めるとようやく、山岡宅を見つけた。先ほどまで男が立っていた場所の前が山岡氏の自宅だった。

 

1655分、気になったので時刻を確認した。

 

◇「ゆっくりと自分が落ちていくと認識しながら落ちた」

 

ちょうど2週間前の728日に、筆者が主催する講演会「いま話題の安倍首相・重大キャンダル~安倍晋三氏(あるいは安倍事務所)は、本当に選挙妨害を暴力団関係者(当時)に”発注”したのか?に、この問題を取材した山岡氏と寺沢有氏を招いて事件の詳細を語ってもらったばかりだ。

 

2週間ぶりに見る山岡氏は、疲れているように見えた。右の目じりが紫色になり、明らかに内出血しているのがわかる。あとで聞いたら右目の視力が一時低下したという。

 

右肩は骨折して少し赤くはれ上がっている。右前頭部は縫い針の痕が、なまなましい。

 

――いったいどうしたのですか。第一報を聞いたとき、泥酔して転落したんじゃないか、とも一瞬思ったのですが。

 

「当日は裁判の件で弁護士と打ち合わせしていました。カルピスなんとかというのを一杯飲んだだけで、酔ってなどいません。

打ち合わせ終了後、スタジオアルタと『カフェ・ド・ボア』という喫茶店の間にある階段を下りて、地下鉄で帰宅しようとしていたんです」

 

【上】右肩を骨折し1カ月の重傷。【下】診断書。

 

――人にぶつかったとか背中を押されたよう感覚はありましたか.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。


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日本は米国傀儡政党・自民党の『内閣総理大臣』が、国会、内閣、司法の三権を独占支配する『独裁国家』である!

 

この『独裁国家・日本』を誕生させたのは、米国支配階級が起案し1947年に施行した『日本国憲法』である。

 

『日本国憲法』は、日本敗戦後に米国支配階級の代理人マッカーサー連合国軍総司令官が起案し1947年に施行したものである。

 

『日本国憲法』は、現在まで一度も改正も修正もされていない。

 

米国支配階級は一見すると"民主的で近代的"な憲法を起案し施行した。

しかし憲法の条文を細かく見ていくと、彼らが目的である日本の『植民地支配』のために憲法に仕掛けた『謀略』が巧妙に隠されていることがわかる。

 

しかし、ほとんどの日本人はこの『謀略』に気づいていない。

 

ポイント1

 

『日本国憲法』は、以下の5つの『立派な基本理念』を掲げている。

 

主権在民

 

民主主義

 

反戦平和

 

個人の自由と基本的人権の尊重

 

隣国との平和的共存

 

ポイント2

 

『米国支配階級』は、『日本の植民地化』の目的実現のために『日本国憲法』の中に5つの『立派な基本理念』を破壊する『自爆装置』を巧妙に仕掛けた!

 

ポイント 3

 

5つの『自爆装置』とは何か?

『象徴天皇制』が『主権座民』の理念を破壊する!

 

『米国支配階級』は、『日本国憲法』第1条で国民が直接選挙で選べない血族継承の『天皇』を『国民統合の象徴』として国民の上に置いた。

 

『謀略』目的は、戦前の『大日本帝国憲法』と同じく本当の意味の『主権在民』を破壊するためでった。

 

『議院内閣制』と『最高裁長官任命権』が『民主主義』の理念を破壊し『内閣総理大臣独裁』を実現させた!

 

『議院内閣制』とは、衆議院の議席の過半数を占める政党の代表者が自動的に内閣総理大臣に任命される制度である。

 

この制度は一見『民主的』に見えるが、実際は内閣総理大臣が国会と内閣を同時に支配・管理する『独裁』を生み出した。

 

更に米国支配階級は、『日本国憲法』第6条第2項によって『天皇』の名で内閣総理大臣に最高裁長官の任命権を与えた。

 

その結果米国支配階級は、日本の日本の内閣総理大臣を国会と内閣と司法の三つの国権を支配・管理する『強力な独裁者』に仕立て上げたのだ。

 

『強大な軍隊・自衛隊』の存在が『反戦平和』の理念を破壊する!

 

日本は『日本国憲法』第91項『戦争放棄』と第2項『戦力不所持』『交戦権否定』に明白に違反した世界第5位の『強力な軍隊』を持っている。

 

この強力な軍隊の存在が『日本国憲法』が掲げる『反戦平和』の理念を破壊している。

 

ポイント 4

『公共の福祉に反しない限り』との憲法規定が、『個人の自由と基本的人権の尊重』の理念を破壊した!

 

米国支配階級は、『日本国憲法』第12条『自由の権利』と第13条『個人の尊重』の中に、『公共の福祉に反しない限り』という文言を付け加えた。

 

その目的は『個人の自由と基本的人権の尊重』を『公共の福祉』の名で制限することだった。

 

ポイント 5

 

『戦争法』が『隣国との平和的共存』の理念を破壊する

 

自民党がカルト宗教・公明党=

創価学会と連立を組んだ安倍自公連立政権は、米国支配階級の要請を受けて『日本国憲法』第9条に明白に違反する『集的自衛権行使』を許可する『戦争法』を2015年に成立させた。

 

この『戦争法』の目的は、米国が起こす侵略戦争に日本を参戦させるためである。

 

ポイント 6

 

『憲法裁判所』の不在が日本を『無法国家』にした!

 

米国支配階級は、『日本国憲法』第76条第2項で『特別裁判所は設置できない』と規定して『憲法の番人』である『憲法裁判所』を日本に設置できなくした。

 

日本は、『憲法の番人』が不在のために『憲法無視』『憲法違反』が常態化している『無法国家』である。

 

ポイント 7

 

米国支配階級は憲法第7条『天皇の国事行為』の中で『天皇の国政行為』を『天皇の国事行為』と偽って『国会の召集権』(2)と『衆議院の解散権』(3)を『内閣総理大臣』に与えた!

その目的は、傀儡政党・自民党のか『内閣総理大臣』に『衆議院解散権』を与えて常に総選挙に勝利して日本の政治を独占できるようにするためである。

 

ポイント 8

 

米国傀儡政党・自民党の内閣総理大臣が『日本国憲法』第41条『国会は国権の最高機関である』の規定に明白に違反して『衆議院の解散権』を持てば、いつでも衆議院を解散して総選挙できるのであるから常に勝つのは当たり前なのだ。

 

米国傀儡政党・自民党が戦後70年以上にわたって2度の例外を除いて常に総選挙に勝ち続け日本の政治、行政、司法、経済、社会を独占支配してきた理由は、これである。

 

このことを指摘する日本の野党政治家、マスコミ、憲法学者、政治学者、評論家、市民活動家は、誰もいない。

 

ポイント 9

 

米国支配階級は『日本国憲法』第41条『国会は国の唯一の立法機関である』の規定に明白に違反して『内閣は立法権を持っている』と大嘘をついて『内閣』に『立法権』を与えたのだ。

 

その目的は、傀儡政党・自民党が常に日本の政治を独占して米国支配階級の利益のために働けるようにするためである。

 

このことを指摘する日本の野党政治家、マスコミ、憲法学者、政治学者、評論家、市民活動家は、誰もいない。


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