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「噂の真相」編集長・岡留安則が肺がんのため死去 元スタッフ一同による正式報告を全文掲載

2019.02.02 Litera

https://lite-ra.com/2019/02/post-4524.html

岡留安則・元「噂の真相」編集長

「噂の真相」編集長だった岡留安則が1月31日、死去した。「噂の真相」といっても、若い読者にはなじみがないかもしれないが、“タブーなき反権力雑誌”を標榜し、2004年に休刊するまで、マスコミが書けない皇室や警察、検察、政治家のスキャンダル、大物作家のゴシップなどを暴露してきた雑誌だ。

森喜朗首相(当時)の買春検挙歴、安倍晋三首相のパチンコ業者との癒着や自宅火炎瓶事件の背景にあった暴力団との関係、則定衛東京高検検事長(当時)の愛人スキャンダル、宗像紀夫東京地検特捜部長(当時)のパチンコ業者による接待疑惑など、マスコミを震撼させるスクープを連発してきた。

岡留編集長はその「噂の真相」をなんの後ろ盾もなくたったひとりで立ち上げ、度重なる圧力やトラブルにも一切屈することなく、25年にわたってその過激で自由な言論の場を守り続けてきた。

岡留編集長の死去とその経緯については、本日夕方、「噂の真相」元スタッフ一同が正式に発表している。「噂の真相」には現在、公式サイトなどがないため、副編集長だった川端幹人や元デスクの神林広恵が編集スタッフをつとめている「リテラ」で、その全文を掲載する。

(編集部)

***************

元「噂の真相」編集長・岡留安則が2019年1月31日0時16分、右上葉肺がんのため死去いたしましたことを、「噂の真相」元スタッフ一同より、ご報告申し上げます。

2016年に脳梗塞を発症し、その後、肺がんが発見されたため、治療につとめておりましたが、力尽き、那覇市内の病院で息を引き取りました。享年71でした。

岡留は、1979年3月に月刊誌「噂の真相」を自ら創刊し、以来、25年間、編集発行人として、権力を撃ち続けました。その間、東京地検特捜部からの不当起訴、右翼の襲撃、警察の家宅捜索、森喜朗や安倍晋三との名誉毀損訴訟など、数多くの圧力やトラブルに見舞われましたが、一切屈することなく、言論の自由を守るために闘い続けました。

また、「噂の真相」が2004年4月に休刊してからも、その姿勢はまったく変わりなく、沖縄の地に移り住み、基地問題をはじめ日本という国の矛盾を押しつけられてきた沖縄の現状について発信し続けました。

岡留はいつもわたしたちに「体制が変わろうが、政権がどうなろうが、権力は信用できない。常に疑っていかなくては騙される。だから、知り得た情報をすべて市民に公開していくんだ」と語っていました。

そのゆるぎない覚悟、そしていかなる困難も生来の明るさとアイデアで乗りこえていくかろやかな姿勢は、わたしたちスタッフから見ても唯一無二であり、早すぎる死に悔しさを感じるばかりです。

本人も病床で最後まで安倍政権や辺野古新基地建設について憤りを口にしており、県民投票を前に力尽きたことは、さぞかし心残りだったと思います。

ただ、救いは、岡留がもっとも思い入れのあった沖縄の地で生涯を終えられたことです。生前は「死んだら沖縄の海に散骨してほしい」と語っており、亡くなる直前には、大好きだった「花」を聴いて、涙していたそうです。

いまはまだ、わたしたちスタッフも大きな存在を失った悲しみに呆然とするばかりですが、まずは、書面にて、お世話になった皆さま、ご交友のあった皆さまに、生前のご厚意とご支援、友情への感謝を申し上げる次第です。

なお、葬儀はご遺族の意向により近親者のみで執り行われましたが、お世話になった皆さま、ご交友のあった皆さまとともに、岡留の思い出を語り合えるような場をあらためてもつことができたら、と希望しております。

2019年2月2日

「噂の真相」元スタッフ一同

②佐高信氏が岡留安則「噂の真相」編集長への追悼文を寄稿!「岡留を弔うには権力と闘い続けるしかない」

2019.02.04 Litera

https://lite-ra.com/2019/02/post-4527.html

「噂の真相」での佐高信氏の連載「タレント文化人筆刀両断!

元「噂の真相」編集長・岡留安則の死に際して、多くの人たちがネット、SNSで追悼文や惜しむ声を寄せている。かつての「噂の真相」読者はもちろん、知識人、作家、編集者、さらには「噂の真相」にスキャンダルを書かれた有名人も……反響の大きさは想像以上で、死が報じられた2月2日、「岡留安則」は、Yahoo!トレンドワードの1位にもなっていた。
そんななか、評論家の佐高信氏が本サイトに追悼文を寄稿してくれた。佐高氏は岡留にその才能を見出され、「噂の真相」で連載を開始。そのことがきっかけで、権力や御用文化人を鋭く批判する「辛口評論家」としてメディアで活躍するようになった。
 岡留とは公私ともに付き合いが深く、まさに「最大の盟友」というべき存在だった。
 佐高氏は死が報じられたその日の夜に「悲しみをまぎらわすために書いた」と原稿を送ってきてくれた。以下に掲載するので、ぜひ読んでほしい。

(編集部)

***************

戦友の死    佐高 信

「これだけ堂々と御用文化人が表へ出てきて幅をきかせている時代って、戦後初めてですよね。今までになかったですよ。ここまでは」

2007年春に出した私たちの共編著『100人のバカ』(七つ森書館)で岡留はこう言っている。

その時代状況はさらに悪くなっているが、この時点での岡留の言葉は象徴的である。

「噂の真相」があればという声は状況の悪化とともに悲鳴のように聞こえてきた。

それがわかっていて休刊に踏み切った岡留を私は“敵前逃亡”とまで難詰してきたが、いまはただ「お疲れさまでした」と言うしかないのだろう。

含羞を黒メガネで隠している岡留はいかがわしさを漂わせていた。そのいかがわしさが「噂の真相」の魅力であり、しなやかさとしたたかさに通じていた。

「噂の真相」の20周年記念別冊の座談会に出た時、司会役だった岡留は「『噂の真相』と佐高信は絶妙のコンビだと自負しています」と言ってくれたが、同誌に連載した「タレント文化人筆刀両断!」は私の代名詞ともなった。辛口批評人生はここから始まったのである。

ちなみに、この座談会の出席者は他に椎名誠、筑紫哲也、デーブ・スペクター、そして宮崎学。

そこで私は次のような「噂の真相」観を語っているが、それはそのまま岡留観でもある。
「岡留さんも椎名さんも私も、かつては企業がスポンサーの雑誌に関わってきた。だから企業のいかがわしさと、媒体のきらびやかさを両方体験してきたと思うんです。そういう人に僕はものすごく同志的なものを感じてしまう。それと『噂の真相』はいつまでもいかがわしさを失わないでしょう、これがいい。紙質もいかがわしいし、いかがわしい人物が出入りする(笑)。『神は細部に宿りたもう』という言葉があるけど、『神はいかがわしさに宿る』と思ってる。いかがわしさが消えたらダメですよね。宮崎学さんやデーブ君が出入りするようなね(笑)。以前女子大生に『噂の真相』を勧めたら、翌日真っ赤な顔して『あんなの』と怒られたことがある。最初の“とびら”イラストを見て怒ったんだと思うけど、でもあれをなくしては『噂の真相』はダメだと思う」

「能天気」こそが岡留安則の強み! 自分が殴られているシーンまで情報公開

岡留を「新宿ノーテンキゲリラ」と命名したのは「朝日ジャーナル」にいた宮本貢だった。そんな絶妙の間合いを、彼がいつ、どこで身につけたのか、じっくり聞きたかったが、永遠に聞けなくなった。

この時、私はこんな発言もしている。

「右翼の問題でも、『噂の真相』はすぐに謝っちゃう。そして沈静化してから同じようなことを書く(笑)。そういう能天気さが強みでもあるよね。そこが『金曜日』との違いでもあるけど、そういう精神は『金曜日』にはない」

椎名、筑紫、私と「週刊金曜日」の当時の編集委員が3人も参加しての座談会だったが、貴重なスタンスだろう。

「リクルート事件の少し前、三菱重工の転換社債“事件”があったが、これをキチンと取り上げたのは『噂の真相』だけだった。リクルート事件よりこちらの方が大きな問題なのに、三菱という大企業に遠慮して、どこも書けない。だから『噂の真相』は企業広報が必死になって読んでいる雑誌なんです。でも最近は安心してる傾向があるよ(笑)。もっと企業が血眼になって読む雑誌にした方がいい」

これが「噂の真相」、すなわち岡留への提言だった。

しかし、2歳下でほぼ同年代の彼がどう年を取っていくかは私にとっても他人事ではなかったのである。

「噂の真相」こと「噂真」については岡留の『「噂の真相」25年戦記』(集英社新書)や『編集長を出せ!』(SB新書)をはじめ、デスクの神林広恵の『噂の女』(幻冬舎アウトロー文庫)や途中入社して大ホームランをかっとばした西岡研介の『「噂の眞相」トップ屋稼業』(河出文庫)などがある。西岡本は東京高検検事長、則定衛の女性スキャンダルを暴いて、この国のパワーエリートを震撼させた記者のドキュメントである。

「噂真」が右翼に襲われ、岡留と副編集長の川端幹人がケガをした際の情景描写も迫力がある。渋々、事情聴取を受けるべく四谷署に行った岡留は、トイレと言って出て来て編集部に電話をかけ、“防犯用”ビデオが撮っていたテープをウェブで流せ、と指示する。

「もちろん、四谷署には内緒だよ。証拠として押収されたら元も子もないから」

これには西岡も「大したオヤジ」だと兜を脱いでいる。自分が殴られているシーンまで情報公開したわけだからである。

岡留は私にとってまさに戦友だった。彼を弔うには、これからも権力と闘いつづけるしかないだろう。
(了)

(佐高信)
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