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DATE: CATEGORY:阿修羅より


佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


立ち上がった電子投票ビジネスを覆う暗雲――“可児ショック”の激震

 “可児ショック”という言葉が、全国の自治体選挙担当者の間を駆けめぐっている。
 今年7月、岐阜県可児市の市議会議員選挙を襲ったトラブルが、電子投票の盛り上がりを暗雲で覆い尽くそうとしているのだ。
 トラブルの経緯を、ざっと説明しておこう。
 市議選が行われたのは7月20日。10万人規模の自治体で電子投票が行われるのは初めてで、しかも全国初のサーバー・クライアント型電子投票システムを使った選挙だった。
 システムを可児市から受注したのは、従来型の選挙機材で圧倒的なシェアを持つムサシ(本社・東京都中央区)。同社は富士通と共同開発し、この電子投票システムを作り上げた。投票用紙にかわってICカードを有権者に交付し、投票所で有権者はこのカードを電子投票機に挿入。タッチパネルの液晶画面に表示される候補者一覧から、投票する候補者を備え付けのペンで押す仕組みだ。投票内容はその都度、各投票所に置いてあるサーバーコンピューターに集められ、一括して光磁気ディスク(MO)に記録。投票終了後、MOは封印されたうえで開票所に運ばれ、開票用のマシンに読み込ませて集計する。投票機1台ごとに記録メディアを持つ従来の電子投票機と異なり、サーバークライアント型の場合は記録メディアの数が少なくてすみ、エラーの可能性も低く抑えられるのがメリットとなる。
 可児市選管とムサシは、事前に入念なリハーサルを行ったという。だが20日朝、投票が始まってみると、システムはいきなり障害に見舞われた。市内29カ所すべての投票所で、サーバーが断続的にダウン。10分から最長75分間、有権者が投票できなくなってしまったのだ。ひとつの投票所でサーバーが3回もダウンしたケースもあったという。この間、投票所には長蛇の列ができ、中には投票をあきらめて帰ってしまった有権者が少なからずいたことが、多数の人に目撃されている。
 ムサシは当初、市選管に対して「投票所7カ所でダウンした」と説明していたが、数日後になってから全投票所での障害が明らかになるなど、情報も錯綜した。
 この障害は予備サーバーに切り替えるなどして順次復旧した。原因は選挙後の市選管の説明などによると、MOドライブの異常な温度上昇。機器をムサシと共同開発した「富士通フロンテック」(本社・東京都稲城市)が、MOドライブの冷却ファンの位置をリハーサル後に移動させてしまい、冷却性能が低下したためだったという。
 しかし、さらに大きな問題が起きたのは、開票終了後だった。実際に投票された数と、開票時に各候補者の得票数を合計した数字が食い違い、得票数の合計の方が6票も多くなってしまったのだ。市選管の説明によると、ムサシの社員が投票所で電子投票機の操作をサポートしていた際、「タッチペンの反応が遅い」と有権者から苦情を受け、感度を調整している際に誤って白票を投じるボタンを押してしまったという。この6人がその後、再び投票したため、開票数が6人分多くなってしまったというのだ。
 この説明だけなら単純な人的ミスと思える。しかし本当の原因は、ムサシのシステム設計に問題があった可能性が高い。ユーザーインターフェイスが、きわめてまぎらわしいのである。
 同社の電子投票機は、液晶画面の中央に候補者リストが横一列に並び、その右上に真っ赤な文字で「終了」というボタンが配置されている。実はこの「終了」ボタンが、白票を投じるボタンなのだ。
 この選挙で投票を行った有権者のひとりは、「終了というボタンの意味がよくわからなかった。投票を終えたというつもりで終了を押してしまった人もいるのではないか」と指摘する。ムサシの河村憲明・選挙担当部長は「終了ボタンを押した後に、『投票を終えないで終了しますか?』という確認画面が出るため、間違いは起きにくい。ボタンも目立たない場所にある」と弁明するが、自社の社員さえ誤って押してしまうユーザーインターフェイスが適正だったと言えるだろうか。おまけに選挙は、ITに熟達した人だけが投票するのではない。一度もパソコンにさわったことのないようなお年寄りも行う選挙で、典型的なパソコン用語である「終了」などという言葉を使うこと自体が問題ではないだろうか。
 ムサシの河村部長は「選挙前の啓発活動での模擬投票などで、可児市の8~9割の人が『電子投票は簡単だった』と評価している。ほとんどの人はきちんと使えていたはずだ」と話す。だが民主主義の根幹に位置する選挙では、100%の有権者が完璧に使えることが導入の大前提であるはずだ。
 さらに現場では、市選管の立ち会いもないまま、ムサシの社員が単独で投票機の内部を操作していた。
 ムサシのこの投票機には、画面の4隅をおさせると管理画面に入り、投票カードの排出などさまざまな管理操作が行えることも明らかになっている。現地に視察に行き、投票所でトラブルの一部始終を見ていたあるITメーカーの社員は、こう証言する。「トラブルが起きた際、ムサシの社員が市職員の立ち会いもなく、誰にも見えない場所で投票機を操作していた。公正さが保てるのか、疑問に感じた」
 同市選管は今回の選挙で、電子投票機の保守義務についてムサシ職員を選挙事務従事者に任命していた。だがITメーカー社員によると、開票所では市選管職員はほとんど開票機に触れず、ムサシ社員が現場を取り仕切っていたという。もっとも、ムサシ側は「あくまでアドバイザーに徹しただけで、機械には触っていない」(河村部長)と否定している。
 そもそも、なぜムサシが選定されたのか。同市選管は「今年4月の選定段階では、電子投票の納入実績のある企業は1社しかなかった。実績の比較は行いかねるし、入札金額の多寡だけで選定するのは適当ではないと判断し、5つの業者に対してプロポーザル(提案書)方式によって選定した」と説明する。
 だがその選考過程については、詳しい内容は明らかになっていない。地元可児市の市民運動「可児電子投票を問う会」(市村直人代表)がこのプロポーザル委員会のメンバー構成と選考過程を情報公開請求を市に行ったが、公開を拒否されている。同会は選挙無効の異議申し立てを市選管に対して行ったが棄却され、現在県選管に申し立てを行っている最中だ。同会の加藤匡子さんは「なぜ今回の電子投票でこれほど不明朗、不可解なことが行われたのか。それを明らかにしてほしい」と話す。
 それにしても、なぜこうしたトラブルが起きてしまうのだろうか。
 ムサシは選挙機材メーカーとしては老舗で、投票用紙を使った従来型の選挙機材市場では圧倒的なシェアを誇っている。だが電子投票については出遅れており、今回、富士通と組んで 初めての受注だった。後発として焦りがあったことは否定はできないだろう。
 激しい受注合戦の背景には、IT不況があるのではないかと指摘する声もある。
 90年代末に空前の好景気となったIT業界だが、21世紀に入るころからネットバブルの崩壊と米国での通信不況に相次いで襲われた。さらに昨年春、NTTが交換機を使った古い電話システムからIP電話へと大きな舵を切ったことで、年間5000億円といわれた電話交換機市場が崩壊。富士通やNEC、日立製作所など「NTTファミリー」と呼ばれた大手ITメーカーは、どこも底の見えない泥沼の不況へと陥っていった。
 そんな状況の中で、唯一の活況を呈しているのが官需だ。その最大のものが政府のe-Japan戦略であり、その中核に位置するのが電子投票や住基ネットをはじめとする電子政府・電子自治体構想なのである。
 2004年は参院選が控えており、電子投票が本格的に普及するのは05年以降とみられている。05年だけでも電子投票を予定している自治体は数百に上るとされており、一気に市場が拡大する可能性がある。05年は“電子投票元年”になりそうな勢いだ。
 そしてITメーカー各社は、電子自治体での激しい競争に巻き込まれようとしている。
 ITメーカーでe-Japanを担当している幹部の一人は、こう話す。「助走段階にある電子投票で少しでも実績を上げ、とにかく自治体に食い込みを図ろうというのが各社の戦術。選挙の公益性といった面はあまり意識されていないのが実態だ」
 受注実績を上げることが至上命題となっている現状で、果たして民主主義の根幹である選挙という制度の公平性や透明性を、どれだけ担保できるのだろうか。
 実際、各メーカーの投票機で作り込みの甘さが露呈したケースは、今回のムサシ以外でも少なくない。ある自治体選挙の際には、投票カードを無理に抜いたら投票機の画面にウインドウズのエラーが表示されてしまった、という笑うに笑えない話もある。
 ある自治体選管の関係者は、胸の内を打ち明ける。
 「総務省は電子投票を推進しようとしており、自治体としてはなるべくノウハウを今のうちに積んでおきたいと考えている。だが可児市のようなことが起きる可能性が消えないのであれば、議会も市民も説得できない。しばらく様子見という自治体が増えるのではないか」
 公益性を顧みない受注競争を繰り広げた挙げ句、みずから市場を狭めていく――まさに自縄自縛ではないだろうか。



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