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巨大資本とイスラエルに奉仕していたブレアの路線を止めようとするコルビン
を嫌う英労働党の幹部

2015.08.27 櫻井ジャーナル

http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201508270000/

イギリスの労働党を本来の姿に戻そうとしている人物がいる。ジェレミー・コル
ビンがその人で、党内で支持を集め始めた。それを懸念した労働党の幹 部は党
首選でコルビンに投票しそうなサポーターを粛清、つまり投票権を奪い始めたと
いう。

トニー・ブレアの時代に労働党は組合との関係を断ち、強者総取りの新自由主義
を導入したマーガレット・サッチャーの後を追った。そうしたことを可 能にし
たのはブレアに強力なスポンサー、イスラエルが存在していたからだ。

1975年に大学を卒業した直後に労働党へ入ったブレアは1983年の選挙で下院議員
に選ばれ、影の雇用大臣を経て1992年には影の内務大臣に 指名された。1994年1
月には妻のチェリー・ブースと一緒にイスラエル政府の招待で同国を訪問、帰国
してから2カ月後に彼はロンドンのイスラエ ル大使館で開かれたパーティーに出
席、その時に全権公使だったギデオン・メイアーからマイケル・レビという富豪
を紹介されている。その翌月、 1994年4月には労働党の党首だったジョン・スミ
スが死亡、ブレアが後を引き継ぐことになった。そして1997年の総選挙で労働党
は勝利、ブレ アが首相になる。

イスラエル系富豪を資金源にするブレアは労働組合の資金を当てにする必要がな
く、労働者の利益に反する政策を打ち出した。彼の掲げた「第三の道」 とは、
「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家路線でもサッチャー保守党政権が進めた新
自由主義的な路線でもない道を歩むと言う意味だったが、実際は サッチャーの
路線を継承することになった。外交面では親イスラエル政策を推進する。これは
ブレアの資金ルートを考えれば当然だろう。こうしたブレ アの路線を持て囃す
人たちが日本にはいた。

もともとイギリスの労働党はイスラエルと友好的な関係にあったのだが、1980年
代に関係が悪化する。1982年1月にイスラエルのアリエル・ シャロン国防相はベ
イルートでキリスト教勢力と秘密会談、さらにペルシャ湾岸産油国の国防相とも
秘密裏に会合を開き、イスラエルがレバノンへ軍事 侵攻してPLOを破壊してもア
ラブ諸国は軍事行動をとらず、石油などでアメリカを制裁しないことを決め、ア
メリカへ通告したという。

その年の6月にイスラエルはレバノンへ軍事侵攻し、1万数千人の市民を虐殺す
る。フィリップ・ハビブ米特使の仲介で停戦が実現、イスラエル軍と PLOはレバ
ノンから撤退し、9月12日には国際監視軍も引き揚げるのだが、その2日後にファ
ランジスト党のバシール・ジェマイエル党首が爆殺さ れ、その報復だとして
ファランジスト党のメンバーがイスラエル軍の支援を受けながら無防備のサブラ
とシャティーラ、両キャンプへ軍事侵攻、その際 に数百人、あるいは3000人以
上の難民を虐殺している。その結果、イスラエルの責任を問う声がイギリス労働
党の内部でも大きくなり、関係が悪化 したわけだ。

ブレアはイスラエルだけでなく、メディアの支援も受けていた。1983年にメディ
ア界に君臨していた親イスラエル派のルパート・マードックや ジェームズ・
ゴールドスミスがロナルド・レーガン米大統領と会談、「BAP(後継世代のため
の米英プロジェクト)」を組織したのだが、その特徴は メディア関係者が多く
参加していたということ。そのため、この団体に関する情報をメディアはほとん
ど伝えていない。

2003年にアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権はイギリスなどを引き連れてイ
ラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を破壊し、100万人とも 言われるイラク
国民を殺している。攻撃の前にブレアとブッシュの話し合った内容を示す数十の
文書が存在するのだが、その公開をアメリカ政府は拒否 している。

このイラク攻撃は1991年、アメリカのジョージ・H・W・ブッシュ政権が湾岸戦争
でフセイン体制を倒さなかったことに激怒したネオコン/シオニ ストのポー
ル・ウォルフォウィッツが予告していた。ヨーロッパ連合軍(現在のNATO作戦連
合軍)の最高司令官を経験しているウェズリー・クラー クによると、ウォル
フォウィッツは1991年の時点でイラク、イラン、シリアを殲滅すると語っていた
のだ。

その直後、1991年12月にはソ連が消滅、ネオコンはアメリカが唯一の超大国に
なったと認識、潜在的なライバルを潰すという戦略を打ち出す。そ れを形にし
たものが国防総省で作成されたDPGの草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ド
クトリン」だ。旧ソ連圏は勿論、西ヨーロッパ、東アジア などがライバルに成
長することを防ぎ、ライバルを生む出すのに十分な資源を抱える西南アジアも支
配するとしている。そのドクトリンをベースにして ネオコン系シンクタンク
PNACが作成、2000年に公表した報告書が「米国防の再構築」で、ジョージ・W・
ブッシュ政権はその報告書に基づく政 策を打ち出していく。

安倍晋三政権が成立を目指している「安全保障関連法案」も「ウォルフォウィッ
ツ・ドクトリン」に基づいている。つまり、1995年に発表された 「東アジア戦
略報告(ナイ・レポート)」から始まり、97年の「日米防衛協力のための指針
(新ガイドライン)」、2000年の「米国と日本-成熟 したパートナーシップに
向けて(アーミテージ報告)」と続く。

2001年の「9/11」を経て02年には小泉純一郎政権が「武力攻撃事態法案」を国
会に提出、03年にはイラク特別措置法案が国会に提出され、 04年にアーミテー
ジは自民党の中川秀直らに対して「憲法9条は日米同盟関係の妨げの一つになっ
ている」と言明し、05年には「日米同盟:未来の ための変革と再編」、そして
12年には「日米同盟:アジアにおける安定性の定着」。そして「安全保障関連法
案」だ。少なくとも「ウォルフォウィッ ツ・ドクトリン」の意味を理解しなけ
れば、安倍政権の政策も理解できないということでもある。
1992年の時点でネオコンは世界制覇をほぼ実現、自分たちが支配者として世界に
君臨できると信じたのだろうが、その夢想を揺るがしているのがウ ラジミル・
プーチン。ここにきて彼らはズビグネフ・ブレジンスキー一派と手を組んでロシ
ア殲滅へ舵を切った。必然的に中国も敵に回すことになり、 中露が脅しに屈し
なければ、全面核戦争になる可能性が高まる。その暴走を止めようとする動きも
見られるが、成功するかどうかは不明。言うまでもな く、安倍政権は好戦派の
手下だ。





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