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集団的自衛権の相手、米国は中東での影響力を失いつつあり、東アジアで軍事
的緊張を高めている

2015.10.18  櫻井ジャーナル

http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201510180000/

戦乱を世界中に広げてきたのはアメリカにほかならない。そのアメリカに従うこ
とを目的にして「安全保障関連法」は作られた。「防衛」のための法律 だとい
う安倍晋三政権の戯言をマスコミは垂れ流しているが、実際はアメリカの戦争マ
シーンに日本を組み込み、侵略の道具にしようとしているのだ。

本ブログでは何度も指摘しているように、1991年12月にソ連が消滅するとネオコ
ンなどアメリカの好戦派は自国が「唯一の超大国」になったと考 え、潜在的ラ
イバルと考えられる旧ソ連圏、西ヨーロッパ、東アジアなどを潰し、ライバルを
生む出す基盤になる資源が地下に眠る西南アジアを完全に 支配しようとする。
そうした考えに基づき、1992年初頭に国防総省でDPGの草案が作成された。作業
の中心が国防次官のポール・ウォルフォ ウィッツだったことから「ウォルフォ
ウィッツ・ドクトリン」と呼ばれている。

その後、ユーゴスラビアを先制攻撃で破壊、2001年からアフガニスタン、イラ
ク、リビア、シリアなどを先制攻撃し、イランを狙う。2014年2 月にはウクライ
ナでネオ・ナチを使ってクーデターを成功させた。

ウォルフォウィッツ・ドクトリンが作成された当時、アメリカの好戦派は自分た
ちが世界の支配者になったと錯覚している。ライバルだったソ連は消滅 し、傀
儡のボリス・エリツィンが大統領を務めるロシアは属国。そもそも、1991年にア
メリカがイラクを攻撃した際、ソ連は軍隊を動かさなかっ た。

そうした感覚はロシアでエリツィンが失脚、ウラジミル・プーチンが実権を握っ
た後でも続く。例えば、キール・リーバーとダリル・プレスは2006 年、ロシア
と中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できるとフォーリン・ア
フェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)で主張してい る。

ロシアと中国を軍事的に制圧できると考えているようだが、アメリカには第2次
世界大戦の直後からソ連を先制核攻撃するという計画があった。まず、 1948年
にアメリカの「ロバート・マックルア将軍は、統合参謀本部に働きかけ、ソ連へ
の核攻撃に続く全面的なゲリラ戦計画を承認させ」(クリス トファー・シンプ
ソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)、その翌年
に出された統合参謀本部の研究報告ではソ連の 70都市へ133発の原爆を落とす
(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United
States,” Gallery Books, 2012)ことになっていた。

1957年になると計画は実現性が強まる。300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、
工業生産能力の85%を破壊しようと目論んでいた。「ド ロップショット作戦」
だ。この作戦を1961年7月にライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長らが大
統領に説明したが、拒否されている。この作 戦が立案される直前、1955年から
57年にかけてレムニッツァーは琉球民政長官を務め、沖縄を軍事基地化していた。

ケネディ大統領の時代、レムニッツァーたちはキューバ政府の手先を装ってアメ
リカの都市で爆弾攻撃を繰り返し、最終的には旅客機をキューバ近くで 自爆さ
せ、キューバ軍に撃墜されたとして軍事侵攻する作戦を練り上げていた。「ノー
スウッズ作戦」だ。

こうした動きを危険視したケネディ大統領はCIAのアレン・ダレス長官、チャー
ルズ・キャベル副長官(大統領暗殺の際、ダラス市長だったアール・ キャベル
の兄)、リチャード・ビッセル計画局長を解任、レムニッツァーの議長再任を拒
否(1962年9月に退任)した。このとき、ケネディ大統領 はCIAを解体する意向
で、それに替わる組織として想定されていたのが1961年10月に創設された軍の情
報機関DIAだと言われている。

しかし、カーティス・ルメイのような好戦派はその後も軍の中で重要や位置を占
め、テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、こうした グルー
プは1963年の終わりにソ連を奇襲核攻撃する予定だった。そのころ、先制核攻撃
に必要なICBMを準備できると見通していたのだ。 1963年11月、ルメイたちと対
立してたケネディ大統領は暗殺され、ソ連やキューバが背後にいるとする話も流
されたが、FBIによって否定さ れ、核戦争には至らなかった。なお、ルメイはケ
ネディ暗殺の翌年、日本政府から「勲一等旭日大綬章」を授与されている。

アルゼンチン大統領だったネストル・キルシュネルによると、大統領時代の
ジョージ・W・ブッシュは「経済を復活させる最善の方法は戦争」だと力 説、
「アメリカの経済成長は全て戦争によって促進された」と話していた(この証言
はオリバー・ストーンが制作したドキュメンタリー、「国境の南」 に収められ
ている)というが、「経済」を「個人的なカネ儲け」と読み替えれば、正しい。

戦争をウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づいて続けてきたアメリカの好戦派
だが、シリアでロシアが空爆を開始、アル・カイダ系武装集団やそこか ら派生
したIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、ダーイシュなどとも
表記)の司令部や武器庫などに壊滅的な打撃を与え、 「テロとの戦争」の嘘が
白日の下に曝されたアメリカ政府は苦しい立場に陥った。

ロシア軍がカスピ海から巡航ミサイルでISやアル・ヌスラの部隊を攻撃した直
後、空母シオドア・ルーズベルトを「メンテナンス」のためだとしてペ ルシャ
湾の外へ出て、アメリカがインドや日本とベンガル湾で行う軍事演習に参加した
ようだ。中東での影響力が低下したアメリカは東アジアにも火を 付けようとし
ている可能性がある。






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