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■戦後70年:益川敏英さん「憲法9条を守ろう、どんな小さな声でも
集まれば  大きな声になる」

2015年08月14日 毎日新聞

http://mainichi.jp/feature/news/20150813mog00m040004000c.html

インタビューに答える京都産業大学益川塾塾頭の益川敏英さん=京都市北区で
2015年8月3日、宮武祐希撮影


飛行機雲を吐きつつ名古屋上空を襲った米軍のB29爆撃機。白い玉状のものは
日本軍の高射砲弾=昭和19年末

◇国家は巧みに国民すべてを取り込み、精神動員をする

戦争に対し、一人一人の市民はどのように向き合うべきなのか。国家権力の巨大
な意志に対し、どのように相対していけばいいのか。ノーベル物理学賞 を受賞
し、記念講演では反戦演説を行った理論物理学者、益川敏英さん(75)に聞い
た。【聞き手・高橋昌紀/デジタル報道センター】

「不謹慎だ。アカデミックな場にふさわしくない」。箱根峠の向こうから、ある
学者が批判しているとのうわさが聞こえてきたんです。ストックホルム での
ノーベル賞の授賞式(2008年12月)に出発する前です。世界中の人々が集
まる記念講演で、太平洋戦争での実体験を話すつもりでした。それ を「晴れの
舞台で、話すようなことではない」と苦言を呈しているらしい。何を言ってやが
るのだと憤激しました。

アルフレッド・ノーベルは自身が発明したダイナマイトが戦争に利用され、「死
の商人」とののしられました。だからこそ、巨万の富を人類の発展に役 立てた
いと願ったのです。まさに記念講演の場こそ、反戦を訴えるにふさわしいではな
いですか。総理大臣に批判されたとしても、一言一句内容を書き 換えるつもり
はありませんでした。

1945年3月12日夜の名古屋空襲です。わずかに5歳。それでも、戦争の唯
一の記憶として残っています。屋根瓦を突き破って、焼夷(しょうい) 弾がコ
ロコロと目の前に転がり落ちてきたのです。しかし、幸運にも不発弾だった。両
親の驚愕(きょうがく)と安堵(あんど)はいかほどのものだっ たか。リヤ
カーに家財道具と共に載せられ、名古屋の街を逃げ惑いました。火災でオレンジ
色に染まった空の色はあせることなく、心に刻み込まれてい ます。

おやじは電気技師になりたかったそうですが、学がなかった。尋常小学校出で、
sin(サイン)、cos(コサイン)が分からなかった。それでも、 大阪の
家具工場にでっち奉公し、名古屋に小さな家具工場を設立するまで頑張りまし
た。ところが、太平洋戦争の開戦と共に軍に工作機械を供出させら れてしまっ
た。軍需生産に必要だからです。代わりに航空機工場に徴用され、ベニヤ板をに
かわでつないだ燃料タンクを造らされた。生産効率は1週間 に1個ほど。アメ
リカならばジュラルミンを機械的に加工し、あっという間に組み上げてしまうで
しょう。「これは負けるな」。そのように感じたと言 います。

「科学に国境はないが、科学者には祖国がある」と、ルイ・パスツール(フラン
スの生化学・細菌学者)は言いました。日本には理論物理学の大先輩で ある武
谷三男先生のように反ファシズムを標榜(ひょうぼう)し、特高(特別高等警
察)に検挙された信念の人もいました。朝永(ともなが)振一郎先 生
(1965年にノーベル物理学賞)の電波兵器に関する戦時中の論文を読むと、
どうも核心部分で巧妙に手抜きをしている。無言の抵抗をしている。 科学者の
知恵と言えるでしょう。

しかし、そうした行動を戦時に見習うことは非常に難しい。国家は巧みに国民す
べてを取り込み、精神動員します。個人は弱いものです。せいぜい、心 の中で
のサボタージュぐらいが関の山となる。「非国民」「刑務所にぶち込むぞ」と脅
かされて、恐れを抱かずにすむ人はいないでしょう。そして、戦 争に協力させ
られる。戦場の兵士だけが戦争をするのではありません。手塩にかけた工場を取
り上げられたおやじは被害者ではありますが、兵器生産に 従事することで加害
者にもさせられたのです。戦争が始まってしまえば、誰もが戦争と無関係ではい
られなくなるのです。

「勉強だけでなく、社会的な問題も考えられるようにならないと、一人前の科学
者ではない」。名古屋大学での師匠である坂田昌一先生の持論です。先生は
「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」をした日本学術会
議(1949年創立)にも参加しました。「物理の問題が解けるな ら、世界平
和に向けた難題も解ける」「科学者には現象の背後に潜む本質を見抜く英知がな
ければならない」「科学者である前に人間たれ」。いずれも 先生の言葉です。

学生時代から、反戦・平和運動に取り組んできました。60年安保闘争では署名
集めをし、米原子力潜水艦の国内初入港(長崎県佐世保市、1964年 11
月)では抗議行動に加わりました。京大に移った70年代には関西電力の原子力
発電所計画(旧京都府久美浜町)に反対した。今年11月には被爆 70年とな
る長崎市で、「パグウォッシュ会議」(核兵器と戦争の廃絶を目指す国際組織、
1995年にノーベル平和賞受賞)の第61回世界大会を開 催します。もっと
も、専門の科学者らが集う会議は「貴族的な雰囲気」が性に合っているとは言え
なくて。久美浜では町民に原子力の仕組みを話したり したのですが、そうした
地に着いた活動が好きなんです。

自分の子供や孫の将来を考え、これでいいのだろうかと。単純ですが、その疑問
が大切だと思います。次世代にどのような日本を残すのか。あの戦争は 終わっ
たが、おやじの工作機械は返ってきませんでした。それでも、食っていかなくて
はならない。おやじは結局、畑違いの砂糖の販売業に就き、家族の生活を支え
てくれました。恨み節は聞きませんでした。

戦争のできる国になってからでは、戦争が始まってしまってからでは遅いので
す。そのためには憲法9条を守らなければならない。どのように解釈しよう
と、戦争を禁止している。平和憲法の根幹です。憲法9条にノーベル平和賞が贈
られる日をぜひ見てみたいものです。その記念講演で、日本の首相が どのよう
な演説をするのか。ぜひ聞いてみたいものです。

職業人としての面、生活人としての面。そうした二つの顔を人間は持たなければ
ならないと思います。何らかの形で、社会との接点を常に持たなければならな
い。二足のわらじを履けなきゃ、男じゃねえ??。それが自分の心意気です。社会
運動は1かゼロかではありません。どんな小さな声でも、集ま れば大きな声に
なるのです。一緒にデモに加わりませんか。勉強会に来ませんか。議論をしませ
んか。待っていますよ。

◇ますかわ・としひで

 1940年、愛知県生まれ。名古屋大理学部卒。現在は名古屋大素粒子宇宙起
源研究機構長、京大名誉教授、京都産業大学益川塾塾頭などを務める。 「九条
科学者の会」呼びかけ人。近著に「科学者は戦争で何をしたか」(集英社新書)。




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