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「石井紘基は死なない」~権力の闇と戦った国会議員、石井紘基氏の命日に東大・安冨歩教授が講演、「知的探求の継続が、彼を復活
http://www.asyura2.com/15/senkyo197/msg/693.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 12 月 07 日 23:30:06: igsppGRN/E9PQ
   

「石井紘基は死なない」 ~権力の闇と戦った国会議員、石井紘基氏の命日に東大・安冨歩教授が講演、「知的探求の継続が、彼を復活させる」
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/272068
IWJ Independent Web Journal


 「いつの時代も、預言者は命を狙われる。石井議員は暗殺というかたちで世を去ったが、彼が明らかにした真実は残り、それに触れた人間は探求を開始する。この知的活動の継承が続く限り、石井紘基は死なない」


 東京大学東洋文化研究所教授の安冨歩氏は、13年前、凶刃に倒れた国会議員の石井紘基氏の死を巡って、その背景にある日本社会の構造を分析するとともに、「われわれが(石井氏と同じように)知的探求を止めないことが大切なのだ」と説いた。


 民主党の衆議院議員だった石井紘基氏は、2002年10月25日、東京都内の自宅駐車場で暴漢に襲われ、左胸を刺されて命を落とした。13年目の命日となる2015年10月25日、東京都世田谷区で「石井紘基没後十三年追悼講演会」が開催され、遺族や関係者らが集って故人を偲んだ。


 石井氏は議員活動の中で、特殊法人の無駄遣いや官僚の天下りなどを問題視し、国の不透明な特別会計に切り込むなど、国政調査権を使った独自調査によって、一貫して権力の不正を糾弾してきた。襲撃されたのは国会質問の3日前のことで、質問内容は不明だが、石井氏は「これで与党はひっくり返る」と周囲に話していたという。犯人は「動機は金銭トラブルによる恨み」と供述したが、襲われた時に石井氏が持っていた鞄から、国会に提出予定の書類が消えている。そして、事件から7年後、犯人はメディアの取材に対し、「頼まれてやった」という発言をしている。


 この日、追悼講演を行った安冨氏は、明治以降の日本の近代化の中で、徴兵制の実施に伴って「立場主義社会」が成立したとし、二度の世界大戦を経て強度を増した立場主義は、戦後日本の経済発展に貢献したことで、国民的イデオロギーになったと語る。そして、金や情報が集まる場所を押さえた者が特権的利益を得る「関所型経済」と結びつき、複雑で強大なシステムを築いたという。


 その上で、「立場主義と関所型経済を揺さぶり、真実を白日の下に晒した石井氏は、特別な政治家だ。彼が命を落とした最大の原因は、彼が真理を追究していく人間だったからではないか」とした安冨氏は、冒頭の言葉のように、知的探求を続けていくことが「石井紘基の復活」になると希望を込めて示唆した。


2013/11/27 【文化】「複雑化したシステムの中心に東大がある」石井紘基氏が調べていた特別会計の闇の源流 ~安冨歩教授の授業
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/113657
2012/07/12 安冨歩先生の授業「石井紘基氏と特別会計改革」
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/22540

はじめに、石井氏の妻のナターシャ氏がマイクを握った。「この13年間、彼を知る人々から『紘基さんがいてくれたら』という声を聞くことが度々あり、彼が抜けた穴は今も塞がっていないのかと思う。彼が活動にかけた情熱を思い出していただいて、皆さまのこれからの力になれば幸いです」と挨拶をした。


 石井氏の娘のターニャ氏は、「事件当時は、(ショックで)父の記憶が頭から消えてしまった。そして、大きな力が動いていることも感じていた」と話す。


 「私が(父親の後を継いで)選挙に出ることを期待した人もいたかもしれないが、父が一番望むのは、何より私の安全だと思った。『とにかく生きろ』と言われている気がして、つらさや悔しさはあったが、耐えていかなくては、と思っていた」


 ターニャ氏は、事件の約1週間前と前日の2回、父親から暗い声で名前を呼ばれたことを覚えているという。「面倒な話かと思い、私はぞんざいな態度をとってしまった。すると、父は『何でもない』と言った。あの時、話を聞いていれば。けれど、逆に聞かなかったから、私は安全でいられたのかもしれない」と複雑な思いを口にした。


■「石井氏は日本にとって大切な人」と語った実行犯


 また、事件についての偏向報道で名誉を傷つけられ、さらに民事と刑事の裁判を通して虚偽を並べられるなど、ターニャ氏は遺族が二重三重に苦しめられたことに言及した。一方で、全国から励ましの温かい言葉が寄せられ、「人の心の真実に触れることができて、大いに支えられた」と謝辞を述べた。


 さらにターニャ氏は、石井氏殺害の実行犯(受刑者)に面会に行ったことも明かした。


 「その人は深々とお辞儀をして、『日本にとって、なくてはならない大切な人を亡くしました』と言った。本当に恨みによる犯行だったら、そんな態度はとらないと思う。そして、私に『深入りするな』とも……」


 なお、石井氏が亡くなって7年後の2009年、テレビ朝日「スーパーJチャンネル」が獄中の実行犯に取材し、「殺害を依頼された」という告白をスクープしている。また、同番組では、鞄の持ち手を握る石井氏の指が外側から切りつけられていた、という証拠を入手。鞄にあったはずの書類を奪うのが目的だったという見方が濃厚になっている。


 石井氏は国会議員としては異例なほどの、膨大な量の資料を残している。ターニャ氏によれば、これまでに約4万枚をスキャナーで読み込んだが、あまりに量が多いため、国会図書館に寄贈する話も進んでいるという。石井氏の国会質問の様子はDVDに記録して保存し、事件当日に身につけていたものなど、遺品は憲政記念館の資料室への寄贈が決まっている。


■証拠の90%は裁判に出ず、被害者遺族は記録にアクセスもできない

続いて、ゲストのスピーチに移った。遺族とともに裁判で戦った弁護士の紀藤正樹氏は、「石井さんが刺されたと聞いて、病院に駆けつけた日から13年。毎年10月25日が巡ってくると時間が止まったように感じる」と話す。


 テレビ朝日の取材で明らかになった石井氏の指の傷について、紀藤氏は、「当時はわかっていなかった」と言う。そして今なお、犯罪被害者基本法の運用が不十分で、被害者が記録にアクセスできないのは法律の不備だと指摘して、このように述べた。


 「裁判に出てくる証拠は全体の1割ほどで、残り9割の証拠は被害者の目に触れない。石井さんの事件も、真実は明らかになっていないと思う。遺族は事件の情報を集めるため100万円の懸賞金をかけたが、むずかしい。しかし、この事件は終わってはいない。皆さんには、石井家のために応援をお願いしたい」


■一人会派「紘基会」が気を吐く豊橋市議会

愛知県豊橋市議会議員として3期目の寺本泰之(ひろゆき)氏は、石井氏の生き方を尊敬し、2007年の当選以来、一人会派の「紘基会」を設立して、石井氏の政治理念の継承を表明している。


 2002年の事件をきっかけに石井氏を知ったという寺本氏は、「すぐに紘基さんの著書5冊を読み、共感した。これらは日本改革のバイブルだ。この国の政・官・業の癒着、三権分立というより『三権談合』のような状態を何とかしないと、日本は滅びると思った」と話す。そこで一念発起して地方議員を目指した寺本氏は、無所属で立候補して3度目で当選。石井氏の遺族に連絡し、「紘基会」という会派名を快諾してもらった。「豊橋では、石井紘基の政治は生きている。後に続く者も出てくると信じている」と力を込めてスピーチを終えた。


 「石井紘基氏後援会」の元会長の阿部武彦氏、渡辺周衆議院議員、保坂展人世田谷区長からのメッセージが読み上げられたあと、石井氏が亡くなったと思われる時間に、全員で黙祷を捧げた。


■徴兵制がもたらした、日本の立場主義システム







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