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ジャーナリスト堤未果氏 「国民皆保険の切り崩しは始まっています」

2015年12月7日  日刊ゲンダイ

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/170925

臨時国会を拒否し、2日間の閉会中審査でTPP審議をはぐらかした安倍政権が
バラマキを始めた。最も反対の声が大きい農林水産業界を黙らせ、国民 が売国
条約の全容を知る前に承認に持ち込もうというハラなのだが、問題は農業だけ
じゃない。米国が狙う本丸は医療分野だ。その懸念を早くから訴え てきたこの
国際ジャーナリストの堤未果氏は、「国民皆保険制度の切り崩しはすでに始まっ
ている」と警鐘を鳴らす。

――10月に大筋合意したTPPの全文が11月にようやく公表されました。

 日本政府が作成した30章97ページの「TPP協定の全章概要」はかなりは
しょっています。ニュージーランド政府の英文文書はまったく同じ内容 なのに
598ページ。文書を含めた全体では1500ページ超が215ページに縮めら
れています。話になりません。

――日本政府が公開したのは本当の意味の全文じゃないんですね。

私が取材している医療や食品にとって重要な「知的財産章」「投資章」「透明性
及び制度に関する規定章」は、138ページが21ページに圧縮されて いま
す。そもそも、TPPの正文(国際条約を確定する正式な条約文)は英語、仏
語、スペイン語。域内GDPで米国に次ぐ経済力のある日本が入って いないこ
とになぜ外務省は抗議しないんでしょう? 「不都合な真実」を国民に知られま
いと、外務省が正文扱いを断ったんじゃないかという臆測まで 広まっています。

――一般の国民が全容を知るのは不可能に近いですね。国会議員でも怪しいところ
ですが。
 外務省は英語正文を読み込める国会議員はいないとタカをくくっているんで
す。外務省が都合よく翻訳した「概要」をベースにいくら審議を重ねても 意味
がない。いつものように手のひらで転がされるだけです。


■TPPの正文翻訳を急がなければ安倍政権の思うツボ

――国会議員がしっかりしないとマズい。

正文に記された内容を正確に把握した上で問題点を追及しなければ、承認を急ぐ
安倍政権の思うツボ。日本語の正文がない以上、外注でも何でもして大 至急翻
訳する必要があります。法律には巧妙な言い回しで“地雷”を埋め込まれています
から、国際弁護士のチェックも欠かせません。適用範囲が拡大 したTPPの肝
であるISD条項(国と投資家の間の紛争解決条項)はすべての国会議員が目を
通すべきですし、厚労委に所属する先生だったら食の安 全と医療は最低限押さ
えるとか、それぞれの専門分野の正文を読むべきです。こういう時のために税金
から政党助成金が配分されているんです。30人 の国会議員で1章ずつ翻訳を
頼めば、アッという間にできる作業でしょう。臨時国会が召集されず、審議が本
格化する年明けの通常国会まで時間はある んですから。

――正文の翻訳をHPなりSNSにアップしてくれれば、一般の国民も内容に触れ
やすくなります。

そうですね。まずは全章翻訳ですが、TPPは付属書と日米並行協議などの内容
をまとめた2国間交換文書の3つで1セット。法律は付帯文書に核心を 仕込ん
でいることがままありますし、TPP参加の入場券と引き換えに日米並行協議で
非関税障壁を要求されています。ここで日本がのんだ「譲歩リス ト」は特に
しっかり精査しなければなりません。TPPは「1%VS99%の情報戦争」。
時間との勝負なんです。

米国でTPPが批准されないという見通しは甘い

――「1%VS99%」とは、どういうことですか?

 TPPは「1%のクーデター」とも呼ばれています。1%というのは、米国の
多国籍企業や企業の利益を追求するロビイスト、投資家やスーパーリッ チ(超
富裕層)のこと。彼らの目的は国から国家の機能を奪い、株式会社化して、効率
良く利益を最大化することなんです。民営化は彼らをますます潤 わせる手段で
す。いま、米国で最も力のあるロビイストは製薬業界。彼らが虎視眈々と狙って
いるのが日本の医療分野で、30年前から自由化の圧力を かけてきた。TPP
はその総仕上げなんです。

――中曽根政権時代ですね。

 86年のMOSS協議(市場分野別個別協議)で米国から薬と医療機器の市場
開放を求められたのが皮切りです。その後も対日年次改革要望書などで 混合医
療の解禁や米保険会社の市場参入、薬や医療機器の価格を決定する中医協に米企
業関係者の参加を要求するなど、さまざまな注文を付けてきた。 TPPを批准
したら安倍首相の言う通りに皆保険の仕組みは残りますが、確実に形骸化しま
す。自己負担限度額を設けた高額療養費制度もなし崩しにな るでしょう。米国
民と同じ苦しみを味わうことになってしまいます。

――米国では14年にオバマ大統領が皆保険を実施しましたが、そんなにヒドイ状
況なんですか?

通称「オバマケア」は社会保障の色合いが濃い日本の皆保険とは似て非なる制
度。民間医療保険への加入を義務付けられたのです。日本では収入に応じ た保
険料を支払い、健康保険証を提示すれば誰でもどこでも病院で受診できる。オバ
マケアは健康状態によって掛け金が変動する民間保険に強制加入さ せられる
上、無加入者は罰金を科されます。オバマケアは政府に入り込んだ保険会社の重
役が作った法律。保険会社はリスクが上がるという口実で保険 料を引き上げ、
プランごとにカバーできる医療サービスや処方薬を見直した。保険料は毎年値上
がりするし、米国の薬価は製薬会社に決定権があるため 非常に高額。日本と同
程度の医療サービスを受けられるのは、ひと握りの金持ちだけ。当初喝采してい
た政権びいきのNYタイムズまで保険料や薬価が 高騰したと批判し始めました。

――盲腸の手術に200万円とか、タミフル1錠7万円というのは大げさな話じゃ
ないんですね。

 WHO(世界保健機関)のチャン事務局長もTPPによる薬価高騰の懸念を示
していますし、国境なき医師団も非難しています。「特許期間延長制 度」「新
薬のデータ保護期間ルール構築」「特許リンケージ制度」は、いずれも後発薬の
発売を遅らせるものです。製薬会社にとって新薬はドル箱で す。TPPによっ
て後発薬発売が実質延長されるでしょう。米国では特許が切れたタイミングで後
発薬を売り出そうとする会社に対し、新薬を持つ製薬 会社が難癖をつけて訴訟
に持ち込む。裁判中は後発薬の発売ができませんから、引き延ばすほど製薬会社
にとってはオイシイんです。

■「TPPの実態は独占」

――HIVや肝炎などを抱える患者にとっては死活問題ですが、日本の薬価や診療
報酬は中医協や厚労省が決定権を握っています。

TPPの「透明性の章」と関係するんですが、貿易条約で言う「透明性」は利害
関係者を決定プロセスに参加させる、という意味。米国は小渕政権時代 から中
医協に民間を入れろと迫っているんです。TPPでそれを許せば、公共性や医療
の正当性を軸にしている審査の場にビジネス論理が持ち込まれて しまう。グ
ローバル製薬業界は新薬の保険適用を縮小したり、公定価格との差額を政府に穴
埋めさせるなどして皆保険を残したまま高く売りつけたい。 医療費がかさめ
ば、民間保険に加入せざるを得なくなり、保険会社もニンマリですよ。TPPが
発効したら、政府は医療費抑制のために3つの選択肢を 示すでしょう。▽皆保険
維持のために薬価は全額自己負担▽自己負担率を8割に引き上げ▽診療報酬の引き
下げ――。診療報酬が下がれば儲からない病 院は潰れ、医師は米国と同じように
利益を意識して患者を選ばざるを得なくなる。最終的にシワ寄せは私たちにきます。

――安倍政権が取り組む国家戦略特区で、大阪は医療分野の規制緩和に向けて動き
出しています。

大阪だけではすみません。特区内に本社を置けば、特区外でも同様の医療サービ
スを展開できる。事実上の自由診療解禁です。マスコミはTPPを自由 化とい
うスタンスで報じていますが、TPPの実態は独占。国内産業保護のために規制
していた参加国のルールは自由化されますが、製薬会社などが持 つ特許や知財
権は彼らの独占状態になる。1%の人々にとってTPPは夢。ロビイストが米議
会にバラまいた献金は100億円を超えましたが、その何 百倍もの恩恵を未来
永劫得られるのですから安い投資です。米国でTPPが批准されないという見通
しは甘い。実現に向けて彼らはさらに札束をまくで しょう。日本が抜ければ
TPPは発効しません。年明けの国会が最後の勝負です。

▽つつみ・みか 1971年、東京生まれ。NY市立大学大学院修士号取得。国
連、証券会社などに勤務。「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」 で黒田
清日本ジャーナリスト会議新人賞。「ルポ 貧困大国アメリカ」で日本エッセイ
スト・クラブ賞、新書大賞。「政府は必ず嘘をつく」で早稲田大 学理事長賞。
近著に「沈みゆく大国 アメリカ」(2部作)。







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