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DATE: CATEGORY:阿修羅より

NHK・ETV特集 『忘れられた“ひろしま”』
https://www.chosyu-journal.jp/review/12860
2019年8月22日 長周新聞 テレビ評


 原爆投下直後の広島の惨状を描いた映画『ひろしま』(関川秀雄監督)は、多数の広島市民がエキストラとして参加するなど、日本映画史上空前の規模の作品として、1953年8月に製作された。1955年に第5回ベルリン国際映画祭長編映画賞を受賞している。

 だが、この映画は完成直後に大手配給会社から上映を拒否され、一部の自主上映をのぞいて、多くの国民には知られることなく埋もれてきた。しかし近年、当時製作に携わった関係者の親族らによって上映活動が発展している。その途上、米国ハリウッドのメディアがCD化し、オリバー・ストーン監督が鑑賞を呼びかけるなど、海外での普及・上映が広がっている。

 NHK・ETV特集「忘れられた“ひろしま” 8万8000人が演じた“あの日”」(10日夜放映、14日深夜再放送)はこうした状況を踏まえ、映画『ひろしま』を再評価し、その製作過程と日本の映画界から排斥されたいきさつを社会的な背景から解説するものであった。

 この映画は原爆投下から8年後、広島市民から要請を受けた日本教職員組合(日教組)が、原子雲の下でなんの罪もない老若男女がどのような体験をしたのかをできる限り正確に伝え残す目的で企画・製作したものである。被爆当時の体験をつづった子どもたちの作文集『原爆の子』(長田新・編)をもとに脚本化している。ストーリーはある高校の女生徒が白血病で倒れ不安な入院生活を送るなかで、見舞いに訪れた級友たちが原爆投下を批判する本を朗読する場面や原爆孤児となった青年の屈折した生活などを織り交ぜて展開する。

 インタビューに登場した映画評論家の佐藤忠男は「当時の状況を正確に記録して残そうとできるだけ再現しており、後世に残すべき作品だ」と、オリバー・ストーン監督は「衝撃的で独創的な作品だ。出演したエキストラの多くは本当の被爆者だった。被爆者ならではの描写がたくさんある。普通はそこまで描けない。絶対に見るべきだ」と称賛していた。

三度目の原爆投下を許さぬ意志 朝鮮戦争下で

 この映画の特質は、広島の被爆市民がシナリオ作成過程から出演まで全面的にかかわったことにある。シナリオは被爆者が援助して何回も書き直した。撮影現場に被爆直後の広島の家屋の倒壊を再現した膨大なセットを製作し、のべ8万8500人の市民がエキストラとして参加した。番組は、朝鮮戦争でトルーマン米大統領が「原爆使用」を公言したのを機に、被爆者の「広島を繰り返すな」という叫び、原爆がいかに残虐な兵器かを全国・世界に伝えねばならない熱い思いが映画製作への参加へと突き動かした事情にもふれた。

 それは朝鮮戦争が勃発した当時の国民的な反戦感情の高まりと結びついていた。番組は、もともとGHQが組織させた日教組だが、「教え子を戦場に送るな」と政府と鋭く対立するようになり、組合員に1人50円のカンパを呼びかけ、全国から4000万円(今の5億円余り)の巨額の制作費を工面したことを紹介した。映画で女教師役を演じた松竹の専属女優・月丘夢路は、会社の反対を押し切って出演したのは「戦争の大きな抑止になればいい」という思いからであったと語った。

 園児から小中高校の児童・生徒、PTA、労働組合など全市民的な参加で、撮影期間中、出演に協力する市民が日を追うごとに増えた。そのため、当初予定していた教師と生徒が合唱しながら原爆ドームに向かうラストシーンを、世代をこえた市民2万人が参加して原爆ドームに向かって行進する場面に切り替えたという。

米国の欺瞞引き剥がす力に 大手は上映を拒否

 そのように被爆地広島の市民が主体的にかかわり、多大な精神的物質的な力を割いて完成した映画が、なぜ長い間「忘れられた映画」とされてきたのか。番組は映画公開の直前になって、「大手配給会社」(松竹)が「反米的だ」という理由で、上映を拒否したことに焦点をあてた。

 「反米的」とされたのは、

 ①ラジオから流れる原爆を投下したB29エノラゲイの操縦士が「まさに死のうとしている哀れな奴らに、だれが憐れみと同情を感じようか。いや真珠湾とバターンの死の行進を考えるならばなんの同情も起こるはずはない」と告白する部分。

 ②原爆投下を批判する本から、「アメリカは罪のない日本人をモルモット代わりに使った。それは有色人種だったからだ」という箇所を朗読する部分(ナチスの毒ガス使用の非人道性を非難するアメリカが、その何十倍も残虐な原爆を非戦闘員に対して使った犯罪をも批判している)。

 ③原爆孤児たちが原爆で死んだ人の頭蓋骨を掘り出して米兵に売ろうとする部分(英語で「人類史上最初にして最大の栄光この頭上に輝く」と書いた紙をはりつけた頭蓋骨を米兵が喜んで買う場面が続く)。

 の3点で、「これをカットしなければ上映はできない」と迫るものであった。

 「要するに、アメリカに遠慮した。映画人は(占領期の)検閲についてよく知っていたから」。番組は佐藤忠男のこの発言を交えて、当時日本は独立したとされたが、原爆のことをいっさい報じてはならないという占領期の言論統制(プレスコード)に縛られた映画界が自主規制したものだと説明した。それは米ソ冷戦が始まるなかで「日本を覆った時代の圧力」で、当時においてはある意味仕方がなかったかのような印象を残した。

 だが、問題の「反米的」とされるこの部分はありのままの事実であり、ウソは含まれていない。むしろ広島市民がみずから体験した本当のことを伝えるうえで、ぜひとも伝えたい核心的な内容を象徴するシーンであったといってよいだろう。

 それは、この映画が完成する3年前の1950年、原爆のことを口にすることさえはばかられていた占領下の広島で、公然と原爆投下の犯罪をあばき、原爆に反対するたたかいの火ぶたが切られ、多くの広島被爆市民の怒りを束ねて全広島の世論を形成していったことと切り離しては考えられない。事実、このたたかいの先頭に立った原爆詩人・峠三吉や、彼が中心となった原爆被害者の会が映画製作に全面協力し重要な役割を果たした。

 広島の被爆市民の世論の転換は、アメリカが真珠湾攻撃や「バターン死の行進」を理由に、また「戦争を早く終わらせるために必要だった」といって原爆投下を正当化する欺まんを引きはがし、広島から全国、世界へ原爆投下の真実を発信する確かな陣形を築いていった。その力は、映画『ひろしま』完成から2年後には、広島で第1回原水爆禁止世界大会を開催するまでになっていた。

 しかし、その後の原水禁運動はアメリカに忖度した勢力による攪乱が続いた。映画を製作した日教組を含む「革新勢力」のほとんどが「反核は良いが、反米になってはいけない」「日本も真珠湾やアジアへの侵略で悪いことをした。むやみに原爆の被害をいってはならない」と、原爆投下の容認に導く論調をふりまくようになっていく。

 映画『ひろしま』の上映運動の新たな高まりは、広島市民がふたたび使命感を持って真実を語り継ぐなかでこのような風潮を一掃し、世界的な核兵器廃絶世論が圧倒する機運と結びついている。そのことは、番組に登場したアメリカの大手メディアのプロデューサーの「アメリカ人にとっても重要な作品だ。トランプ大統領は、大統領選のとき、なぜ核兵器を使用してはいけないのかといった。この映画こそその的確な答えだ」といった発言にも見てとることができた。

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