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DATE: CATEGORY:れんだいこ

2011.1.1たすけあい党新年声明
2011年、明けましておめでとうございます。本年を如何なる年にすべきかメッセージさせていただきます。結論から述べると、二代続いたマニュフェスト改竄政治と決別し、三番手政権としてマニュフェスト実践派政権誕生の年にしたいと思います。政権交代の日の目を見るには見ましたが、我々はまだその果実を味わっておりません。

民主党二代政権はマニュフェストを裏切る「上からの反革命政権」でしかありませんでした。これに対し民主党内が二分化しているのは衆知の通りです。マニュフェスト改竄派の政権はもう良いでせう、今度はマニュフェスト実践派の出番です。かく永続革命させて行くべきです。

 実現すれば日本の戦後政治史上久しぶりのハト派政権の登場になります。戦後日本を有能に舵取りし、世界の奇跡と云われた戦後復興、続く高度経済成長時代の政治を再興せねばなりません。この成功事例を再検証し現代版で焼き直すことこそが待ち望まれております。皆さん、力を合わせて頑張りませう。たすけあい党は未だ微力ですが、目下は理論の力により、ゆくゆくは数の力によっても日本政治史上に枢要な役割を果たそうと決意しております。今年もご声援宜しくお願い申し上げます。

 鳩山政権、菅政権は我々の期待を大きく裏切りました。2009衆院選で掲げたマニュフェストのうち、郵政再改革法案、有料高速道路無料化法案等の日本再生の為に有効な処方箋は殆どが手つかずのままです。これは意図的故意のサボタージュとしか考えられません。こうなると政権交代政権は公約詐欺政権と云うことになります。これほど露骨に公約詐欺するのであれば2009年衆院選そのものが無効と云うことになりはすまいか。そういう裁判が可能かどうかは分かりませんが公約詐欺選挙であったことは確かです。政治の信義を云うなら、これこそが一等肝要な信義ではないでせうか。

 この信に欠ける者が、「政治とカネ問題」で小沢どんを政治訴追している姿は二重の政治詐欺です。小沢どん側はマニュフェスト履行派であり、不履行派が履行派を政治訴追するのは政治ペテンです。この観点をしっかり据えることが重要です。

 今頻りに小沢どん政治を貶す評論が流されつつあります。人民大衆を誑(たぶら)かす悪意の逆宣伝です。我々は言論選でも堂々と勝利せねばなりません。日本政治に何が問われているのか。売国政治か自律自存の政治かの二股の道です。小沢政治は自律自存の道であり、逆であるかのように説くペテン評論に騙されてはなりません。

 振りかえって見るに、鳩山政権は八方美人型の優柔不断政治により転びました。云う事がころころと替わり、坊ちゃん的遊び人政治に食傷させられました。ところが、後継した菅政権は、その鳩山政権以上に悪質な政権になっております。れんだいこ自身、菅首相がこれほどイカレているとは考えておりませんでした。菅政治は小泉政治の再来です。民主党政権になって、こういう政治が立ち現われることは驚きでした。菅は小泉同様にネオシオニズム系の秘密結社の一員の可能性があります。こう考えないと理解できないオカシナことが随所で立ち現われております。

 小泉は首相在任時に、イスラエルを詣でた際にユダヤ教徒の正装で参拝しております。これは決定的な首相犯罪です。靖国神社の公式参拝に対して議論が生まれましたが、この愚挙に対して何の咎めも受けておりません。政倫審、証人喚問に値すると考えますが、こういう愚挙が見過ごされ、小沢どんに対しては執拗に仕掛けられております。これは意図的故意の政治操作です。粉砕あるのみです。

 鳩山政権時にはまだしも挙党態勢を維持しておりました。要職を自派で固めるのは当然としても、党内に政見の異なる色々なグループが存在することを踏まえ全体として党内バランスを図り挙党態勢を敷いておりました。これが大人の政治であり政治の知恵です。ところが、菅政権になると自派一色で組閣し、そういう片肺政権で政治を私物化しております。その菅政権下で、仙石官房長官が第二首相化しております。先の法相辞任騒動の結果、法相をも兼任しました。かくて官房長官権限が異常に膨らんでおります。菅政権のお粗末さと背後勢力の指示を窺うべきです。

 そういう粗脳政権の下で異常な「小沢どんバッシング」が押し進められております。菅政権の小沢どん追撃論法は明らかに日共的な民主集中制と云う名の党中央集権政治です。小泉時代の刺客騒動を思い出しますが、独裁的な官邸政治の手法と相まって恐ろしく子供じみた政治になっております。現在、菅政権は、「党中央の云うことはその通り」式恭順を党内に強要しつつあります。政治の日共化であり厳しく叱責すべきです。日共の悪影響については別途論じて見たいと思います。

 菅政権は、組閣の稚拙さに相応しい政権運営ぶりを発揮しております。政治は「ワシントン云いなり」です。その裏腹で政局騒動に耽っております。菅首相の「政局好き」が上手く利用されていることが分かります。それだけの脳でしかないと云うことが明らかになっております。菅政権の政策は、政権交代時マニュフェストを意図的故意の反故、執拗な「小沢パージ」、国策不況化政策、財政悪化政策、自給政策の放棄等々で悪事を重ねております。結論として誰の目にも明らかな逆走政治を続けております。

 これらにより政権交代効果はすっかり色褪せてしまいました。これは武運つたなく生まれた過ちではありません。現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義の指令に基づき、ワザと日本を破産させるよう御用聞きしていると看做す必要があります。見返りに地位保全と大臣ポストを主とする登用機会が与えられ、これに喜々としている貧相な生態が見えてまいります。これを見抜いたところから人民大衆の失望が怒りに転化しつつあります。

 この政治事象を疑惑すべきです。漫然と批判するのではなく、国際金融資本帝国主義のシナリオを御用聞きしているのではないかと疑ってみる必要があります。菅政権の醜態を偶然的事象と捉えるようでは歴史の真実が見えてまいりません。鳩山政権然り、菅政権は鳩山政権以上に御用聞きに忠勤していると捉えるべきです。こういう輩をシオニスタンと命名しています。

 今や日本の政界はシオニスタンに籠絡されています。自公政治もそうでしたが民主党連合政権になっても相変わらずのシオニスタン政治が続いていることになります。共産も社民もその他諸新党も同じ穴のムジナです。してみれば、国際金融資本帝国主義の支配力が与野党、右派左派問わず及んでいることが分かります。そろそろシオニスタンどもを一網打尽に追放せねばなりません。

 こう読み解くことで、次の政治課題が見えてまいります。一刻も早く三番手政権を登場させ、自律自存の政治を取り戻し、2009衆院選の政権交代の意義に添った政治を実現させるべきです。その為にもう一度政権交代が必要です。この結論が見えてきたのが2010年の政治教訓だったと考えます。問題の所在が明らかになったと云うことは半ば解決したも同然です。後は如何に実現するかです。

 当然、国際金融資本帝国主義側は、そうはさせじとして反動的対応に出てまいります。これが「小沢どんパッシング」の政治的背景です。小沢どんは政権交代派のドンとして位置づけられており、それ故に叩き続けられております。マスコミメディア一斉の「小沢どんパッシング」はこれに起因していると考えるべきです。菅政権下の「小沢どんパッシング」は菅政権の単なる延命策ではありません。国際金融資本帝国主義の指令に基づく御用聞きと考えるべきです。

 こう考えないと、政財官学報司警軍の国家権力中枢八者機関の一斉砲撃の構図が見えてまいりません。その昔、ハト派政治のドンたる田中角栄も、この手でやられました。菅政権は今、民主党内を分裂させ、その分裂騒動により党への期待をすっかり褪せた状態に追い込み、その上での衆院解散を画策しつつあります。国際金融資本帝国主義にとって、2009衆院選の結果としての300議席を越える民主党議席がよほど邪魔になっていると云うことです。菅政権は、この思惑に基づくいわば民主党潰しの請負政権と化していることになります。

 こう捉えると自然に対応策も出てまいります。菅政権が小沢派の追い出しをすればするほど、出て行くのは手前たちであると云い渡すことです。マニュフェスト履行派こそが正統な民主党であり、これをサボタージュする側が出て行くのが筋です。これによると、民主党内から出て行くのは小沢派ではなく菅派シオニスタンであるべきです。

 そういう意味で、菅派による小沢派パッシングの不正を糾弾し、菅派シオニスタンどもをこそ放逐するべきです。菅派は、こうまで正体を露わにした以上、もはや民主党内に居残ることは許されません。目下、大臣ポストを餌にしながら自公やその他諸政党との連立を図ろうとしておりますが醜態と云うべきです。惨めな末路しか残されておりません。仕舞いには誰からも相手にされなくなるでせう、自業自得です。

 歴史の流れは、民主党正統派による三番手政権の創出を不可避としています。次の政権交代は小沢派連合によって切り開かれるでせう。どうせそうなるのなら早いのに越したことはありません。菅政権が日延べするほど一日一日国益を失います。

 思い返すに、世界史的称賛に値する戦後日本の奇跡の復興と発展は、政治上は自民党のハト派政権の能力によってもたらされてきたものです。しかしながら、その政治能力はロッキード事件を境に掣肘され、1980年代初頭の中曽根政権誕生と共にタカ派政権が日本政治を牛耳り始め、それと同時に世界史的侮蔑に値する日本凋落が始まり、今日に至っていると考えるべきです。

 以来、30余年にもわたる悪政により、もはや日本にはかっての国富がありません。国家財政もとみに悪化させられており、待ったなしの局面に至っていると考えるべきです。日本政治史上1980年代初頭に終焉して以来長らく地下に押し込められてきているハト派政治を復権する以外、日本再生の方法はないと考えます。わが党はこのことを強く訴え、ハト派政治の再興に尽力いたします。

 ここ二年余続いている小沢パッシング運動に対して、我が党の観点を明らかにしております。「真の政治とカネ」問題とは、収支報告書に克明に記載した者が、記載した故にあれこれと「天の声」まで精査され訴追されるべきではありません。まずは収支報告書に記載しなかった側が裁かれるべきです。史上の政治疑獄はこの種のものです。但し、このところ冤罪も増えており、検察的正義に眉つばせねばならぬことは言うまでもありません。現下のように収支報告書に記載しなかった側が免責された上で、小沢パッシング運動に陰謀を凝らしている姿は正視に耐えません。

 菅首相が、執拗に小沢どんを政治訴追し続けるのなら、その論拠論法を我が身に当てて潔白を証してから論ずるのが筋です。こう問う時、菅首相自身に纏わる杜撰な政治資金収支報告書問題があります。菅首相はまずは自身の政治資金団体の収支報告書不正記載問題を釈明すべきです。この物差しは、当然他の小沢パッシング派にも適用されます。目下の小沢パッシング運動は党利党略、私利私略のものでしかありません。

 日共流の「政治とカネ問題論」も不正です。その論理論法に従えば、政治家は井戸塀政治家になるかカスミを食って生きる仙人政治家になるしかありません。常に自身を正義であるかのように吹聴し、吹聴しただけで責任を果たしたかの観点から「政治とカネ問題論」を説き続けていますが有害理論です。

 「政治とカネ問題論」は代議員制政治に纏いつく宿アのようなものであり、政治活動に必要な資金が豊潤に集められ、それが有効に使われるシステム構築こそが本来の「政治とカネ問題論」となるべきです。少数党にして且つ云うだけで事足れりの政治論の政党が、「政治とカネ問題論」如意棒で、ハト派系政治家に特化して叩きまくる政治主義の背景こそが胡散臭いと云うべきです。そろそろ日共の悪質さに気づくべきです。

 2010年は、東京地検特捜部の政治主義的な立ち働きが露呈する年になりました。震源地は大阪地検特捜部でしたが、証拠捏造で現役3検事がイモヅル式に逮捕されると云う前代未聞の事件が発生しました。但し、関係者全員不起訴と云う事態になりました。

 この悪事に報道管制が敷かれているかの如くまともな報道が為されませんでした。先進言論の誉れを持つネットでもそれほど問題にされていないのは奇妙なことです。昔のことならともかく、今現に起きていることをそれとして評論するのはジャーナリズムの第一歩です。大阪地検特捜部の体質は東京地検特捜部のそれを真似したものに過ぎません。そう云う意味で、検察正義の虚構が露わになったことの政治的意味は大きかったと考えます。

 以下、「2010.1.1たすけあい党新年声明」を書き直し復唱しておきます。

 日本は、太古の昔から今日に至るまで、世界史上稀なる「なんだかんだ云っても割合と良い社会、国」であった。他国との相対的な比較に於いてですが、まずかく認識する必要があるように考えております。

 この点で、左翼は早急に半身構えの悪い癖を直さねばなりません。日本は良い国と思うべきです。否定をすれば賢いと思うのは青年期特有のものです。全体として日本は世界的に稀な豊かな助け合い精神で世の中を創って来た「良い国」と認識し直すべきです。ここを間違う故に、闘争対象があらぬ方向へ行ってしまうことになります。これが、れんだいこの学生運動検証の果実です。

 更に云えば、戦後日本は、大東亜戦争の敗戦を通じて、歴史の僥倖か必然かは定かではありませんが結果的に、戦後憲法秩序に体現されたプレ社会主義的体制を獲得していたと窺うべきです。ソ連邦の解体後もマルクス主義の魅力が踏みとどまり得ているのは、「実はソ連邦、中国、東欧等々の社会主義は社会主義ではなかった。戦後日本が具現したものこそ社会主義であった」とする知見によってです。

 戦後日本はそれほど魅力的な社会だったと考えるべきです。その「割合と良い社会、国」が次第に、中曽根-小泉政権以来は急速に破壊されつつあり、故に闘わねばならないと考えております。この時代に、中曽根-小泉政権的構造改革路線と親和するような動きを見せた日本左翼運動内の党派、自称インテリ左派が居たとすれば論外として放逐、自己批判を迫らねばならないと考えております。

 我々が今闘う基点は、日本が悠久の歴史を通じて培ってきた共生共存の思想、仕組み、共同体の護持だと考えます。故に、この基盤を壊す者たち、制度、手法と対決せねばなりません。このことをしっかりと踏まえなければなりません。

 日本が悠久の歴史を通じて培ってきた共生共存の思想、仕組み、共同体の擁護と発展を目指すのが是の流れであり、これを壊す流れを邪と分別すべきです。これを論証するのは別の機会に譲りますが、世界史上に於ける日本の位置づけをかく確認すべきです。この認識に至らない自称インテリばかりを輩出しておりますが、根本のところが分かっていない無知蒙昧な輩でしかありません。

 それもその筈で巷に溢れているのは邪道テキストばかりであり、それ故に下手に学問すると学んで余計にバカになります。そういうバカな自称インテリが大量生産され、その一部がマスコミの寵児となって日ごとに我々を説教し続けております。現代日本を牛耳っている政財官学報司警軍の八者機関の上層部は、こういう連中ばかりで占められております。そういう日本にされている訳です。

 我々はまず、この構図を打破せねばなりません。その為に各戦線に於いて有益な学問テキストを創出しなければなりません。その見分けをどうすべきか。これを簡単に申せば、我々の脳のシワを増すような学問に営為せよ、脳を骨粗鬆するような学問を唾棄せよ、云い伝えされてきているところの年齢に応じた季節感のある寿命の費やし方を工夫せよ、規制強化による生きた屍的生活化への謀りごとと闘え、著作権フェチ糞喰らえ云々と云うことになります。この観点から、各自が営為努力すれば宜しかろうと云うことになります。

 れんだいこは、階級闘争論を拝戴致しません。ああいうものの見方は思想の通過点として反面教師的に学ぶべきです。学ばないより学ぶ方が良いのですが、学んで咀嚼すべきです。生硬な階級闘争論は害にはなっても役に立ちません。

 もっとも、学ばずして排撃するばかりの手合いに対しては、階級闘争論の値打ちを語り反駁したいとも考えております。しかしながら、階級闘争論はそのままでは使えない、もっと練らねばならないと考えております。世の中の生業をを事業と考え、生産管理、職場管理の思想を打ち出し磨くべきです。労農階級は歴史の主人公足る能力を身につけ、その大道へ歩を進めるべきです。

 我々は、「外治より内治優先、軍需費より公共事業優先、軍事産業ではなく平和環境産業の育成、中小零細企業まで活性化する経済成長政策による税収の自然増、国民の生活と諸権利擁護、消費税の利率アップどころか悪税の廃止、公務員の天下りに伴う高給制度の廃止、公務員給与の適正化、国際友好親善協調政策への取り組み」等々を掲げて、これと真っ向から敵対するシオニスタン政治と闘わねばなりません。

 思い描くべきは、戦後日本の国土復興から高度経済成長時代の在りし日の日本の姿です。軍事予算はGNPの1%枠に閉じ込められ、消費税などなく、雇用・年金・医療制度が確立していました。必要な公共事業が次々と着手され社会資本基盤が整備され続けました。あの頃の日本は、世界史上のお手本的な善政であったように思います。これを論証するのは別の機会に譲りますが、かの時代の日本をかく確認すべきです。その時代のコンピューター付きブルドーザーが角栄であったのは云われる通りです。れんだいこが角栄を信奉する所以です。

 その時代は、ロッキード事件勃発、続く1980年代初頭の中曽根政権の登場とともに壊されました。「あれから40年」、日本はかくも惨めな国に転じてしまいました。国債の累積債務は天文学的です。遂に国庫収入が新規国債発行額を下回ると云う異常事態に陥ってしまいました。2010年は更に事態を悪化させました。一体、誰がこんな時代を呼び水したのか、憤りなしには認められません。

 とはいえもはやあれこれ云ってもキリがありません。後悔よりもこれからが大事です。2011年は2010年に引き続き、失われた日本の値打ちを認め、再興すべき新時代の年とすべきです。れんだいことたすけあい党は不惜身命、歴史に身を預けたいと思います。本年も熱い支持と御カンパよろしくお願い申し上げます。党員志願者の続々入党頼みます。


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【菅政権第二ラウンド考】

 2010.7.29日、民主党の両院議員総会。これより菅政権は第2ラウンドへ入ったと思われる。7.30日、第175臨時国会が召集された。会期は8月6日までの8日間。参院本会議は30日午前、議長に民主党の西岡武夫・元文相、副議長に自民党の尾辻秀久・元厚生労働相を選出した。自民党とたちあがれ日本、新党改革は議長選で白票を投じ、みんなの党は同党の江口克彦氏に投票した。公明党、共産党、社民党は西岡氏に投票した。衆院予算委員会は8月2、3日開かれた。参院予算委員会は4、5日に菅首相が出席して質疑を行う。

 この間の8.2日、民主党の常任幹事会が開かれ、菅首相の党代表任期満了に伴う代表選について「9月1日告示―14日投開票」の日程で行うことが決まった。菅代表に挑むのは誰か、これが注目されるが本格化するのは盆明けからだろう。小沢か原口か、はたまた第三の人か。れんだいこは、戦後の西南の役と見立てている。あの時は西郷は端から勝つ気がなかったが、こたびは勝つ気で行かなければならない。勝って政権取って政治を執り行うことこそ政治の醍醐味ではなかろうか。

 この間の政局は論評に値しない。国会質疑も同様で、論戦そのものが政界遊び人達の漫談でしかない。よって論評に値しない。そこで、れんだいこは考えている。日本政治は何故にかくも劣化したのだろうか。こういう事象には偶然はない。必ず原因がある筈だ。そう云えば、「チェンジ」を掲げて魅惑的に登場した米国大統領オバマも今では何をしているのか分からない。褪せてしまっている。大衆受けは良いのだけれども中身がない。所詮オバマは口先御仁だったんだ。と云う風に思い始めたら、日本政界の昨年の政権交代、華々しい数々の公約、その公約不履行の鳩山政権、それを後継した菅政権の色褪せぶりも何となくオバマの色褪せと似ている気がしないでもない。これは。裏が一緒だからの共通現象ではなかろうか。

 こういう時には思い切って、政治の原点論議即ち政治の見直し即ち政治の再検証こそ必要なのではなかろうか。今や、そういう時機に立ち至っている気がしてならない。日本政治は明らかに行き詰っており、レールの敷き替え即ち軌道修正が必要な時に至っているように思われる。全てが根本解決を要求しているのに、目下の対応は小手先細工で糊塗しようとしている。その程度の頭脳では何も解決しない。全て一時凌ぎのものにしかならないのではなかろうか。どうでも良いことばかりに関心を逸(そ)らせマジメぶっている気がしてならない。角栄先生が居たら、どう処方しようとされるのだろうか。

 我々の家計も、会社の遣り繰りも、国家のそれも急速に行き詰りつつある。それでいてのほほんとし過ぎていやしないだろうか。この現象は何なのだろう。恐らく、脳活動が脳死させられているのであり、仕事がおざなりになっているのであり、中毒患者のような朦朧とした対応で一日一日が過ぎているのではなかろうか。いやこれは、自戒を込めてれんだいこのことを云っているのであるが、他の人にも当てはまるのではなかろうか。日本政治のありようたるや、もっと酷く、年収ン千万円のぬくぬく手当てで籠絡されており、危機意識に於いて漫然度が過ぎているのではなかろうか。

 れんだいこの菅政権に対する倦怠は、ここに起因しているように思われる。一体、彼は、社民連から上り詰め首相にまでなったが、その政治頭脳のお粗末さは卒倒すべき貧層ぶりを晒している。菅はそもそも首相になって日本をどこへ誘導しようとしているのだろうか。日本再生の為に必要な手当てとしてのオリジナリティーはない。やっているのは人気取りの芸能政治まがいのことばかりである。仮に有効なものがあったとして継続しそうなものは何もない。透けて見えてくるのは、国際金融資本の対日施策要請アジェンダのシナリオ通りのものでしかない。それを自公政権的にやるのか民主党政権的にやるのかの手法の違いでしかなく、やろうとしているのは同じことのように思える。つまり自公政権は男的、民主党政権は女形でやろうとしてるだけの違いではないのか。という気がしてならない。

 それは滅びの道である。取り返しのつかないヤブ医者処方箋ばかりである。その滅びの道を確信犯的にやろうとしている民主党内鳩山一派、菅一派とは何者なのだろうか。そういう問いかけと疑惑の眼差しなしには、日本政治の貧相ぶりの原因が解けない気がする。今は亡き太田龍・氏が居れば、海外の最新の文献資料を紹介しつつ、こうした民主党内シオニスタンの歴史的由来背景、国際金融資本帝国主義のエージェントとしての忠勤ぶりを説き明かしてくれるような気がするが、この役目を負う者は居ない。その点が寂しい。

 代わりに、れんだいこが至らないままにコメントしておく。批評を請う。れんだいこには、民主党内シオニスタンが秘密結社洗脳及びマインドコントロール特有の表情と仕草をしているのが気になってしようがない。共通して痴呆顔している。鳩山政権、菅政権内の重役たちは、小沢系の者を除いて殆ど総員が「とある秘密クラブ上がり」なのではなかろうか。それも幾つもあるのだろう。彼らの狙いは、日本経済を再浮揚させないこと、その芽が出てきたら冷や水を浴びせ潰すこと。財政を更に放漫にさせ悪化させること、国債累積債務を早く1000兆円にさせ更に累積させること。国際貢献と云う名の自衛隊派兵を常態化させ、海外支援金と云う名の尻拭い金をみつぎ続けること。国内優良企業をハゲタカファンドにお供えすること、中小零細企業をもっと淘汰させること。公共事業を止めさせ、明日の活力に繋がるような社会基盤を整備させないこと。戦後憲法を改正させ、国家総動員体制用の憲法に切り替えさせること。日本人の精神を荒廃させ、絆や紐帯を断ちバラバラにさせること。日本人の能力を低下させ衝動的人間にさせること。その犯罪を面白おかしく報道し連鎖させること。日本語を止めさせ英語に切り替えること。所得格差を広げ、リッチマンパフォーマンスを喧伝すること等々。

 あぁこんなことを書いていたら嫌になる。数えきれない。こういうアジェンダに向けて、国民をこの方向に如何に納得させて向かわしめるのか、それが政治技術であり能力であるとするような政治家を育成し続け、今日その政治学校卒業生が政界を牛耳っているのではなかろうか。彼らには、権力と身分とカネと女がふんだんにあてがわれる。これがエージェント取引の見返りである。こういう政治家が、民主であろうが自公であろうが、その他諸党であろうが生み出されているのではなかろうか。元は一緒で、この連中は裏の秘密クラブでは、やぁやぁコンニチワなどと云って仲良く食事でもしているのではなかろうか。そういう政治商売しているのではなかろうか。この予測が当たらないことを祈るが当たりそうでもある。

 この風紀を一掃させる闘いこそが本来の政権交代であった。政財官学法司警の七者機関にいつの間にか巣くっている売国奴ノ―タリンどもを引きずりおろし、本来の日本的伝統的な「寿命の中でのパフォーマンスと助け合い、棲み分け」を互いが了解する上等な生き方を基盤とする豊芦原の瑞穂社会の再構築へ向かうことこそ21世紀日本の在るべき姿なのではなかろうか。この理念と実践こそが今や恋しい。

 2010.8.3日 れんだいこ拝

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【朝日新聞スクープ「中曽根幹事長のフォード大統領宛秘密文書」公開される】

 朝日が久しぶりにメガトン級のスクープをものにした。当の記者は恐らく意図的故意に控えめに記事にしているので、そこを忖度して、何が明らかになったのか「我々の言葉」で推理せねばならない。れんだいこは、かく読み解く。

 2010.2.12日、朝日新聞(奥山俊宏、村山治)が、「ロッキード事件『中曽根氏がもみ消し要請』米に公文書」記事を配信している。これは、米ミシガン州のフォード大統領図書館蔵の米政府公文書として秘密指定されていた「中曽根幹事長の米国国務省宛秘密文書」が2008.8月に解除され、その内容を朝日新聞がスクープしたものである。文書は、「ジェームズ・ホジソン駐日米大使(当時)から国務省に届いた公電の写し」として保存されている。全文は公開されていない。

 この文書が差し入れされた当時の状況は、2.4日のロッキード事件発覚により特捜体制で事件解明が始まった時期にして与野党挙げて政府に真相解明の要求が為され、これを受けて2.18日、三木首相が、「政府高官名を含むあらゆる資料の提供」を米政府に要請すると表明した喧騒下にあった。

 三木首相表明直後の3.18日晩、中曽根幹事長は、米国大使館の関係者に接触し、次のようなメッセージを米政府に伝えるよう依頼している。文書によると、中曽根氏は、三木首相の方針を「苦しい政策」と評し、「もし高官名リストが現時点で公表されると自民党が選挙で完敗し、日米安全保障の枠組みが壊される恐れがある。日本の政治は大変な混乱に投げ込まれる」、「できるだけ公表を遅らせるのが最良」、「この問題をもみ消すことを希望する」と述べている。文書には、中曽根氏の言葉としてローマ字で「MOMIKESU」と書いてあり、中曽根幹事長の幕引き工作の動きを露骨に記している。

 翌19日の朝、中曽根氏は再度会談し、その際「田中と現職閣僚の2人が事件に関与しているとの情報を得た」と明かしている。その上で、「場合によっては日米安保の枠組みの破壊につながる恐れがある」と念押ししている。2.20日、当時の駐日米大使・ジェームズ・ホジソンが、中曽根幹事長の意向を国務省宛てに秘密公電として送り、これが長らく保存されていた。秘密指定解除により、こたびのスクープとなった。

 「文書中、依然として秘密扱いの部分が2カ所あり、大使館関係者の名前は不明だ」と報ぜられている。「結果的に、事件の資料は、原則として公表しないことを条件に日本の検察に提供された」ともコメントされている。

 さて、これをどう窺うべきか。れんだいこは、ロッキード事件の根幹に結びつくメガトン級の貴重記事だとみなしたい。朝日新聞記事は、中曽根幹事長が「高官名リスト公表の揉み消し」を図ったことを伝えているが、それは表向きの話であろう。れんだいこの解するところ、この秘密公電の真意は、「中曽根へ嫌疑が向かわないよう、角栄に嫌疑を向かわせるよう」懇請したところにあると思われる。そのやり取りの一端が垣間見える貴重文書とみなしたい。即ち、時の中曽根幹事長が、ロッキード事件捜査の根幹に関わる秘密協定を米国国務省と取り交わしていた動かぬ秘密文書と位置付けたい。しかも、その内容たるや、中曽根自身の嫌疑を角栄になすくろうとしていることが判明する。そういう内容を持つ「当時の中曽根自民党幹事長発言の米国国務省宛て秘密文書」が明るみになった意義は大きい。

 これが中曽根の正体であることが分かればよい。愛国者気取りで今日までつつがなく過ごしているが、中曽根こそが真正の売国奴であり、愛国気取りは正体を隠す覆面に他ならない。これを思えば、愛国者然とせぬままお国に奉公し、ロッキード事件ではがい締めされそのまま閉居させられた真の愛国愛民族者・角栄が気の毒でならない。

 この中曽根式指揮権発動のシナリオに基づき角栄包囲網が発動され、政財官学報司の六者機関が応答したのが、「その後のロッキード事件の動き」となった。となると、いかにも正義ヅラしてヘラルド的に立ち働いた立花、日共とは何者ぞ、ということになる。目白御殿を御用提灯持って包囲した社共、労組の角栄訴追運動の胡散臭さが問われねばならない。角栄糾弾に口角泡を飛ばしたエセ正義者の見識を問わねばならない。

 こたびの小沢キード事件が全く同じ構図で作動していることも考えると、「中曽根、立花、日共の正体見たり枯尾花」でとどまる訳にはいかない。ロッキード事件そのものの再精査が必要となったと云うべきではなかろうか。併せて、現下の小沢キード事件を未だにネチネチと追求せんとしている手合いを、その眼で見ることが必要なのではなかろうか。このシオニスタン連合を一網打尽にせねばならぬのではなかろうか。

 こうなったら国会の証人喚問大いに結構。石川は堂々と所信を表明し、何のどこが問題なのか、責める側の腐敗をも突きながら切り返せばよい。ジャーナリスト松田光世氏が明らかにした政治資金規正法の意味と意義に基づき、虚偽だとする側の知の虚偽を衝き返せばよい。

 松田氏は次のように説いている。

 「入出金は、政治団体の帳簿に記載することが義務付けられているが、収支報告書には、寄付のみを抜き出して記載する。そこには違いがあるのは当然で、そこまで公表すると政治活動の自由が損なわれるという与野党の暗黙の了解の下で、政治資金規正法は運用されてきた。検察は今回、その一線を越えた。入出金をすべて収支報告書に記載しないと現職国会議員でも逮捕、起訴するという検察の方針は、明らかに政治資金規正法の立法の趣旨を逸脱したものだ。検察の言うとおりなら、政治団体の会計帳簿自体の公開を義務付ければいいのであって、わざわざ収支報告書を作って公開する意味はない」。

 凄い指摘だと思う。東京地検よ、答えて見よ。立花―日共流のネチネチウソ詭弁術に比して、一刀で袈裟斬りする鋭さがある。

 2010.2.12日 れんだいこ拝

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【小沢キード事件の教訓、みんなのカンパで日本版アルジャジーラネット放送局を立ち上げよう】

 小沢キード事件に構っているうちに、そのどさくさで朝青竜が引退に追い込まれた。小沢を起訴できなかった腹いせが朝青竜パッシングに向かった感がある。朝青竜には気の毒なことになったが、朝青竜は、不徳の致すところの我が運命と割り切った弁が伝えられていた。円熟期に入った朝青竜相撲を見届けることができなくなったのは寂しい。それにしても小沢パシングと朝青竜パッシングはどこか似ている気がする。恐らく有能実力者がイジメラレル変な世の中になったせいだろう。

 大相撲は国技である。その国技が揺さぶられている。貴乃花親方の新理事就任も胡散臭いものであったが、朝青竜パッシング派がこぞって賛美していたことを思うと余計にそう思う。今後、大相撲協会内部で重大な対立が発生して行くように思える。千代の富士親方が割を食う恐れが強い。貴乃花派が大相撲の何を改革しようとしているのか一向に見えない。れんだいこには、小泉式構造改革路線が待ち受けているような気がしてならない。

 それはともかく、小沢キード事件の第二ラウンドがこれから始まる。立花隆がしゃしゃり出て来ており、このところ緊急投稿を飛ばし続けている。いくら読んでも、というか読めば読むほど気色の悪い検察応援歌でしかない。日本の言論界が、こういう類の論者をジャーナリストの鏡として祀り上げてきた虚構を今こそ撃たねばなるまい。習性が逆立ちしており完全に狂っている。

 それにしても日本言論界の貧能ぶりが危ぶまれる。小沢キード事件では小沢氏の政治団体「陸山会」の収支報告記載が虚偽記載として指弾されたが、蓋を開けてみれば正確厳格に記載されており何ら問題ないとする見解も発表されている。東京地検特捜部が起訴に踏み切れなかった空振りの真因がここにある。このことを問う新聞社は一社もない。敗戦以来、戦前とは違う意味での新たな言論統制下にあると云えよう。

 この間マスコミは、検察リーク情報を逐一報道し、しかもそれが次から次へと話が変わる代物でしかなかったというのに扇動し続けた。いつの間にか不記載が虚偽記載となったのに尻を拭かぬまま訴追し続けた。いつの間にか、本質的に見て4億円の原資の出し入れでしかないものをその都度カウントして水増しし、巨額金額虚偽記載と煽り始め、並行してゼネコン裏金を大騒ぎし、果ては立証できないと云うブザマな結果となった。

 しかして、新聞社説論士もテレビコラムニストも、この間何が争点なのか、虚構の大騒ぎなのかさえ分かっていないように思える。分かろうとしないのか、分かるだけのオツムがないのかまでは分からないがお粗末なことこの上ない。この連中は、検察不起訴という事態を迎えてもカエルの面にションペンでキョトンなとしたまま、こうなればなったで世間をお騒がせさせた政治的道義的責任があると訴追続編に精出そうとしている。日共論法の受け売りを恥ずかしげもなく借用している。れんだいこが申しつけておく。手前たちの報道こそが虚偽報道であり、報道的道義的責任があろう。君たちの論法に乗っても、虚偽記載が悪くて虚偽報道は許されると云うことにはなるまい。

 そういう訳で、今こそ日本版アルジャジーラ放送局を立ち上げねばならない。技能があればネット上できそうなものだが、れんだいこにはそれがない。誰か、容れ物をつくつてくださらないか。トピックスを語り解析する本物のジャーナルが見たい聞きたい。有線放送のネット版のようなもので良いのだから難しくはないと思うのだが。れんだいこには生活余裕はないが、そうなったら工面してでもカンパするぞ。こういうものはヤングの頭脳が向いているのかな。起て青年諸君。

 そういうものができたら、れんだいこも出て見たい。ぜひ登場させてくれ。洪水の如く流されるエセ評論を容赦なく斬って見せよう。もっと向きの方が居たら、それを聞くのも楽しい。既成のメディアに代わる「なるほど放送局」の創出、これが小沢キード事件の教訓となるべきではなかろうか。ここに向かわない間は守勢に回る。攻勢的な言論メディアが欲しい。そうすれば、小沢三秘書の即時釈放、朝青竜引退ちょっと待て等々幾らでもタイムリーに正論を放つことができる、できたのにと思う。

 今日の国会討論聞いていたら、民主対自民の構図で掛け合い漫談やっていた。小沢キード事件を徹底追及する自民の論客たちは、検察捜査網からあらかじめ除外されている極楽トンボのシオニスタン政治家ばかりであった。それを良いことに好き放題の攻め方をしていた。手前の政治資金リストを開陳してから述べて見よと云いたくなる。それはそうと、自民党内でも、ごく最近の日歯連献金疑惑事件で検察に汲々云わされた田中-金丸(竹下)-橋本-小渕系の元ハト派はさすがに弁えてシオニスタンと論調を一にしていない。

 かっての社共ばりの政府追及すればするほど、人民大衆が興ざめする構図さえ分かっていないマロたちが何人束になっても、もはや歴史の歯車は戻らない。お前たちの権勢の時代は終わったのだと云うことをこれから知ることになるだろう。

 2010.02.05日 れんだいこ拝

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【日共改めネチ共のシロ証明要請論を嗤う】

 れんだいこは、日本共産党を日共と表記してきた。これは、ソ共、中共と対比する意味で日共と呼称すると云う意味合いもある。もう一つは、1955年の六全協以来、野坂-宮顕同盟が共産党中央を掌握して以来、共産党が大いに変質し、とても共産党とは呼べなくなったという歴史的経緯から日共と呼称している。

 学生時代、おぼこかったれんだいこは、曲がりなりにも戦前来の共産党の嫡子だろうと思いこみ、日共系学生運動に参画していたが、運動の盛り上げに水を差す指導ぶりと、ロジックの変調に違和感を覚え続けていた。新日和見事件の頃を境にドロップアウトしたのだが、今でもれんだいこの感性の良さを自負している。

 もう四十年近くにもなる以前に見限り、十年前に理論的に総括した日共を論評する必要もないのだが、小沢キード事件での醜悪な立ち働きを見ると、出張らざるを得ない。許せないからである。今も連日続く赤旗紙面に於ける小沢パッシングの執拗さは尋常ではない。これからは当分、日共と云わずにネチ共と云い換えようと思う。れんだいこのネチ共批判の場合にはネチとは云わない。なぜなら常に論証的であるから。

 そのネチ共は、本日2.13日の赤旗紙面でも、「政治とカネ 集中審議 小沢氏団体の疑惑ただす 佐々木議員」記事を載せている。佐々木憲昭議員と云えばムネオハウス質疑で知られているが、外務省の改竄文書を元手にムネオパッシングした非を咎められているのに未だに自己批判一つしていないという道義的責任に欠けた御仁である。よくも恥ずかしくもなく人前に出てこれることよと思う。ムネオが訴訟すれば、お前は必ず被告席に座ることになる。ムネオの度量に甘えるのもエエカゲンニセイ。ムネオが云わないから、代わりに申しつけておく。

 その佐々木ネチ共議員が何を云っているのかと読むと、既に論破され、東京地検特捜部も不起訴にせざるをえなかった虚偽記載とゼネコン裏献金疑惑をバカの一つ覚え見たいに繰り返しているに過ぎない。党中央の指針に唯々諾々しかできない哀れなかごの鳥でしかないので、同じことの繰り返ししか云えないのだろう。目下新鮮なのは、志位委員長が堂々と打ち出している「検察とネチ共の車の両輪論」である。佐々木ネチ共議員にムネオハウス質疑の頃の勢いがあれば、「検察とネチ共の車の両輪論」を得意気に一席ぶつのだろうが、さすがに云い過ぎではないかと思っているのだろう、触れないのがお笑いである。

 もう一つ。主張で「小沢幹事長の責任 元秘書の離党でいよいよ重い 」とぶっている。「問われているのは小沢氏自身の説明責任と政治的・道義的責任です」と述べ、小沢パッシング派の狙いを代行代弁している。次に、話法ペテン士・立花の詭弁が振りまいた「総額21億円余の虚偽記載」が気に入ったらしく繰り返している。思えばロッキード事件の時もそうだった。立花式「諸悪の元凶論」に乗って角栄訴追運動の尖兵役を務めた。

 何とかして「報告書のミスなどで済ますわけにいかない重大な問題」に仕立てたいらしく、「虚偽記載の疑いがもたれているのは総額で21億6900万円にも上る巨額の資金」とフレームアップさせ、「検察不起訴はシロではない」としてひたすら小沢幹事長の責任を問う方向へリードせんとしている。魂胆だけが透けて見えてくる話でしかない。しかし、こうなると、ネチ共論理によれば我々は誰も今後は、シロ証明せねばならないことになりそうだ。

 次に、「公共事業を受注したゼネコンからの裏献金」を持ち出している。東京地検特捜部が新種の「天の声理論」を編み出し、何とかして起訴せんとしたのに不起訴で終わった容疑であることを思うと、ネチ共論法の「天に対するシロ証明論」の執拗さばかりが際立ってくる。懲りないネチ共である。それはともかく、こうなると、雨が降れば降ったで降らねば降らぬで、関わりないことを証明せねばならないから厄介だ。人に云うのは良いが、お前にできるのかよ、そったらこと、と云い返したくもなる。

 締めで、「石川氏とともに小沢氏が証人喚問に応じ、公開の場で真相を明らかにすることが待ったなしの課題」と述べている。れんだいこが逆提案しておく。こたびの小沢キード事件での東京地検特捜部の暴走に対して国会の場で真相を明らかにしておくことは必要である。その検察暴走にエールする形で「車の両輪論」を唱えたネチ共の理論創出過程を検証することも必要である。れんだいこから見て、この理論は異常である。ここまで堕ちたかと云いたくもなる醜悪理論である。

 もとへ。小沢パッシングで質疑した自民党歴々の議員の収支報告書を俎上に載せ、シロ証明させるのも必要である。何人質疑したのか分からないが、ネットでタイムリーに暴かれている。今日は与謝野が槍玉にあがっていた。次に誰が出てくるのか知らないが、清廉潔白、シロ証明に堪える御仁が登場することを祈る。

 小沢キード事件の教訓として、この種の暴走を戒める為にも、「証人喚問に応じ、公開の場で真相を明らかにすることが待ったなしの課題」ではなかろうか。ついでに述べておくが、ロッキード事件の再審も「待ったなしの課題」ではなかろうか。朝日が中曽根疑惑で久しぶりに朝日らしいスクープを飛ばしている。読売、産経の反応を見て見たいふふふ。次に、中央委員同志殺人者・宮顕を参議院にさせたネチ共の、公党としての政治的道義的責任を問うのも「待ったなしの課題」ではなかろうか。志位よ、もぐもぐせずに答えてみ。

 2010.2.13日 れんだいこ拝

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